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なぜ社会保険にこだわったのか?

「国民福祉税の構想が出ただけで総理大臣の首がふっ飛ぶんですから。税金で高齢者介護を充実しようったって、できっこないですよ」

高齢者の介護を税金ですべきか、社会保険でするのかについて議論されていた九〇年代の半ば頃の話である。公的介護保険の是非を問うあるシンポジウムが終わったあと、パネリストの一人である厚生官僚のAさんに「厚生省はなぜ税金でなく社会保険にこだわるのですか?」とたずねたとき、彼は言い切るように口調を強めた。彼は、介護保険のPRになる機会があれば、民間団体のシンポジウムだろうが企業の研修会だろうが一般市民の勉強会だろうが公務の合間を縫って駆けつけ、家族介護の限界と介護の社会化の必要性を説いていた。

作家、城山三郎は名著「官僚たちの夏」で高級官僚を表すキャリアに「特権官僚」と読みをふったが、厚生省の公的介護保険の作戦本部に当たる高齢者介護対策本部にいる若手キャリアの雰囲気は、特権官僚と呼ぶにはやや趣を異にしていた。Aさんの兄貴分にあたるBさんもその一人。居酒屋で懇談した際に、彼が洩らした言葉も忘れられない。

「役人をこれ以上威張らせていいんですか!」

彼が言わんとするところはこうだ。これまでの高齢者福祉とは、下々の懇願を聞いたオカミが福祉関連法規に照らしてヘルパーの派遣や特別養護老人ホームへの入所などを措置することだった。すなわち公的な福祉サービスを受けるということは、国民の権利を行使するということではなく、福祉に関する法規に基づいた行政処分の対象になることである。Bさんは、福祉を役人の権限に委ねる措置制度を残したまま高齢者福祉を拡大、強化すれば、いままで以上に役人の権限が拡大することになる。国民はそれでもいいのか?と問い掛けたのである。

 

 

 

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