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このグランド・ツアーもThomas Cookに始まる旅行の商品化、つまり現代観光の出現によって大きく変化し、さらに二度の世界大戦によって、その動機が社会的な自己、アイデンティティーを確立するための旅、モラトリアム(猶予期間)というのに変わっていった。いつまでも既成の大人社会に同一化しないままアイデンティティーを模索し、自己探求を求める手段として旅する者が顕著になってきたのである。とくに1960年から70年にかけてモラトリアム状態の中流階級の青年や労働者階級の青年が多く見られ、その様子は「文化への畏縮(cultural cringe)」*3と形容された。彼らは社会的自己、アイデンティティーを見いだすため海外で長期の休日をとり、そこで「あれか、これか」型の生き方でなく「あれもこれも」型の生き方をし、自分の多様な可能性を常に自由に発揮できるような柔軟性をもった旅、生き方をした。しかし一方で自己の社会に対する帰属意識が希薄で責任性を欠くという特徴をもっていたのも指摘される。

 

*3 Pearce, P. L., The Backpacker Phenomenon: Preliminary Answers to Basic Questions. Townsville: James Cook University of North Queensland, Australia, 1990, p.5.

 

またツーリストの分類ではないが、現代においては経済発展や世界的平和に伴って、大学間の交換留学制度や海外留学、語学留学などをする者が増加し、そこでその文化に直接接触するために旅行することがしばしば見られる。彼らのその旅行は自ら旅程を組み、柔軟で独自性に富んだ旅行をする傾向がある。そのような一面はバックパッカーと重なる。

以上グランド・ツアーから派生したバックパッカーの特徴を一言で表現するなら「自己開発型(self-developers)*4」ということができる。

 

*4 Loker, L., Backpackers in Australia: A Motivation-based Segmentation Study. Townsville: James Cook University of North Queensland, Australia, 1993, PP.8-12.

 

第3節 第二動機(トランピング:tramping)

 

18世紀の産業革命や民主化運動は大量の労働者を産みだし、職探しや、修行をするために町から町へ放浪する労働者の存在が目立つようになった。彼らを「トランプ」と呼ぶ。このトランピングは職を求めるだけでなく、観光や冒険も同時にするといった観光的要素も含んでおり、青年労働者にとってこれまでにはない新たな観光をする方法として受け入れられたのである*5。つまりそれはグランド・ツアー同様、職探し、修行を行う旅である一方、庶民にとって子供から大人への通過儀礼の意味合いを含んでいたのである。

 

*5 Adler, J., Youth on The Road: Reflections on the History of Tramping Annals of Tourism Research, Vol.12(3), 1985, p.337.

 

事実イギリスにおいては、トランプは労働力を交換し、失業を穴埋めする存在として積極的に機能し、19世紀にはピークを迎えた。手工業組合やギルドなどの商業組合は彼らにベッドや職の斡旋を受けることができるように、組合員であることを表すカードを発行し援助した。その結果イギリス国内だけに留まらず、アイルランド、ヨーロッパ大陸を経て、1870年代には北米にまでその範囲を広げたのである。1930年まではイギリスのパン組合がドイツとオーストリアヘトランピングする者に無料で食事をあたえ、すべての町にある同業者から職業を斡旋してくれるという特権のあるチケットを発行し援助したことが代表的な支援策としてあげられる*6

 

*6 詳しくはLeeson R. A., Travelling Brothers: The Six Centuries, Road From Craft Fellowship to Trade Unionism, London, Allen & Unwin, 1979.参照。

 

 

 

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