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コミュニティと学校・学校区

倉沢進(放送大学教授)

 

コミュニティ行政への反省

国民生活審議会が、高度成長後の日本社会の問題として、高齢化、余暇、そしてコミュニティの問題を取り上げ、コミュニティ問題小委員会が報告書『コミュニティ-一生活の場における人間性の回復』を発表しコミュニティ施策にきっかけを与えてから、ちょうど30年になる。具体的施策としては自治省のモデルコミュニティ事業を先導として、多くの省庁や自治体のコミュニティ施策が進められてきた。

私は国民生活審議会コミュニティ問題小委員会、自治省のコミュニティ研究会の委員としてこれらの検討に加わった一人として、その後の展開に、いくつかの反省点を持っている。ここではその2、3についてふれたい。本来この問題提起は、新しい生活様式創造へ向けての社会目標としてのコミュニティという認識が根底にあったものであるが、行政施策の中で扱われるようになると、この目標認識が次第に失われ、コミュニティ・センター建設とその管理へと、矮小化されてしまったのである。原理的な問題、新しい社会目標としてのコミュニティの問題については、倉沢進著『コミュニティ論』(放送大学教育振興会)の参照を求めたい。ここでは具体的問題点の一つである、学校とコミュニティの問題、そしてコミュニティセンターの在り方の問題、さらには学校区の見直しの問題に限定して述べよう。

フリントのコミュニティ教育

コミュニティ教育を政策の中心に据えている、アメリカのミシガン州フリント市の例をまず見てみよう。私がシカゴから這って乗るような小型機で、この衰退した工業都市の飛行場につくとまず小学校に案内された。最初に入った教室では母親たちの学習が行われていた。小学校でなぜ大人が勉強しているのか、まず不思議に思うわけだ。説明によるとこれは『大人のハイスクール』だという。ハイスクールにいっていない大人、ドロップアウトした大人が、この小学校のクラスに何年か通うと、ハイスクールの免状が貰える。しかし免状が目的でないことは、やっている内容を見ればはっきりしている。何か計算機様の機械を操作している。衰退した工業都市フリントには母子家庭も多い。この機械の練習をしておけば、スーパーのレジ係くらいは明日にでもできる、といった実用性である。二つ目の教室は焼き物教室で、私が見た時は地域の焼き物上手なお年寄りが、子供達に焼き物を教えていたが、大人たちが習う時もあるという。焼いているのは日本の定番、皿や茶わんではなくてブローチである。なぜブローチか。それはブローチを焼けば、止め金のつけ方も教える。ブローチの止め金のつけ方を学んだ母親は、カーテンレールが壊れれば直せるはずだ。実用尊重はここまで徹底している。

私が一番感動したのは3つめの教室であった。手芸が行われているのだが、2人掛けの机に母子が並んで座って同じ授業を受けている。母親が戸惑っていると、子供が先生は右から左へ糸を抜けといっているのにお母さん反対じゃないかと教える。子供がまごまごしていると母親が先生の言っていることとおまえは反対ではないかと教える。私が感動したのは、その日子供達の家庭では夕食の話題は、今日の手芸の教室での母親あるいは子供のヘマさかげんだろうと想像されるからである。こうして大人も子供と同じように勉強するのだと、子供達はいやおうなしに体で覚えてしまうのだ。

 

 

 

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