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なぜなら、夜明け近くの朝霧や夕陽の落ちる一瞬など、この川筋で田畑や川仕事に追われる生活者は、決して眺めることのない風景であるからである。朝霧や夕陽で輝く時間帯を狙って川を美しく撮ろうとすること自体が、観光客や旅人の発想でしかなかった。撮影が渦中に入り、田んぼ仕事の手伝いでそれなりに忙しくなるにつれ、早朝に起きて「無傷の光景」を撮りにいくことに自然と興味がなくなってきた。むしろ、田んぼ仕事の合間に見上げたドンヨリとした空とただ雄大なだけの平凡な阿賀の流れの方がよっぽど心にひびく。

阿賀に生きる人々の心の奥底を撮ると標榜して撮影を始めた手前もあって、私達は阿賀野川水系でしか見られない特別な物事を随分と捜し求めた。恙虫除け地蔵、鍾馗様という藁人形、ヤツメウメギ漁…。どこでも、お国自慢は、日本でもここだけ、という稀少価値にある。だが、 つきつめていくと、阿賀野川でなければないものなど何もない。

深い山があり、谷が削られ、川が流れ、沖積平野ができる。そのどの川でもあるであろうありふれた川と人の暮らしの方に、私達の関心は移っていった。どこの川でもあるありふれたことだからこそ、逆に普遍性をもちうるのだ。

川というものは、 一たび平野に出ると解き放たれた暴れ馬のように走りまわるものだ。阿賀野川もまた暴れ川であった。この暴れ川の広大な越後平野の出口にあたる土地が、安田町である。阿賀野川の長い渓谷が風の通り道となって、安田町の名物はダシの風という南東の風だ。名物にうまいものなし。ダシの風は、農作物をなぎ倒し、火事の被災地を拡げるばかりで何の役にもたたない厄介ものだ。

 

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撮影中のスタッフ

 

 

 

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