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III. Kratie省における小学校児童の血清疫学調査

 

今回の調査に先だち、1997年6月および1998年2月の2回に亘る調査では、Kratieを中心としたメコン河流域の各小学校児童におけるメコン住血吸虫症の血清学的検査がおこなわれた。これらの調査地域は、北はKratieの上流約40kmのKompong Krabeiから、南はKratieの下流約30kmの地点に位置するPong Roまでの地域に及んだ。しかしながら、Peam TeとChhlongとに挟まれた地域への立ち入りは、治安上の問題からついに許されず、未調査のままであった。

今回の調査では、この末調査地域の小学校での採血を現地のKratie省衛生部に懇請し、比較的安全な水路をボートにより移動するという条件のもとで了承を得、TalousおよびKanh Chorの2ヵ所の小学校で、各80名ずつの児童から採血することが出来た。

検査の方法は前回の調査と同様に、小学校児童の静脈より採血し、その血清をProvincial Health Officeの検査室で分離した。この血清は獨協医科大学医動物学教室に持ち帰り、日本住血吸虫の虫卵抗原を用いた酵素抗体法(ELISA法)による抗体検査を実施した。

今回調査を実施した2つの地点における検査結果は、以下の通りであった。感染後長期間にわたり高いレベルが維持されるIgG抗体価は、TalousおよびKanh Chorにおいて、それぞれ32.5%(26/80)および12.5%(10/80)の陽性率を示した。

一方で、感染早期の指標となるIgM抗体価は、TalousおよびKanh Chorにおいて、それぞれ17.5%(14/80)および6.3%(5/80)であった。

今回の調査で、上記2地点での血清疫学的データが得られたことにより、Kratieを中心として南北約80kmにわたるメコン河流域における、メコン住血吸虫症の浸淫状況が明らかになった。図1、図2および表1に示されるように、メコン河の上流地点ほど抗体陽性者の割合が多く、調査をおこなったなかで最上流地点であるKompong Krabeiでは、実に94.2%(49/52)もの高値を示した。しかし、下流に向かうに従って漸減し、調査地点のうち最下流に位置するPong Roに至っては、10.5%(4/38)にまで低下した。

これらの結果は、メコン住血吸虫症を媒介する中間宿主貝(Neotricula aperta)の分布と密接な関わりがあると考えられる。メコン河に生息するこの貝は完全に水棲であり、しかも河床に岩石が多い環境を好み、砂泥が堆積しているところには生息出来ない。これは、この貝が餌とする藻類が繁茂するのに適した環境かどうかということに因るものと思われる。カンボジア国内を流れるメコン河の河床は、全調査地点のうち中ほどに位置するSambok付近より上流の地域では岩石が中心であるのに対して、その下流では一転して砂泥に覆われるようになる。したがって、中間宿主貝の分布域の南限もこのSambok付近に存在するものと予想され、血清疫学調査結果はそのことを反映したものと考えられた。

 

 

 

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