日本財団 図書館


機能が損なわれたために、それまでの生き方や価値観などを、いかに適切に変容させてゆくかという問題になり、それぞれが精神心理面に及ぼす影響や負荷はかなり違ったものになってくる。

先天性ないし早期後天性の難聴児がアイデンティティを確立し、豊かな生活と人生を築いていけるかどうかという視点は重要であり、それを実現させてゆくためのサポートなどが必要となってくる。その援助の担い手は、主として教育機関や家庭ということになろうが、その在り方は本冊子の別稿で論じられる。

一方、ある時期まで健聴者として育ち生活してきて、何らかの原因で聴力を喪失ないし低下させた場合は、受傷前後の機能や能力の差が明瞭に認知されるので、精神心理面へのインパクトは大きくなってくる。そのため、自信を喪失したり、自己の価値を低めたり、コミュニケーション障害のために自閉的で孤立するなどの問題が生じやすい。

こうした問題は、稀聴手段獲得のための学習や訓練などのリハビリテーションを行ったり、聴覚障害者として新たな生活や人生を構築していく上で、大きなマイナス要因となってくる。

この「聴覚剥奪」という状況は、損失の程度の差もあるが、時間的に短期間で起こる場合もあれば、徐々に生じることもあり、一概に論じきれない面もある。しかし、精神心理面での基本的なところを考える上では同様と見徹してよいと思われ、心理学的には後述する対象喪失ないし喪失体験として捉えられ、喪の仕事の完遂という精神作業が課題となってくる。

 

2)聴覚障害の程度、経過から

難聴の程度が軽い場合、聴力の喪失感や不安が少ないとは必ずしも言えず、いままで感じることのなかった健聴者との聞こえのわずかな差でも、心理的に大きな影響を及ぼすことがある。人間は機能や能力の差を気にしやすいものだが、とくに、競合を強いられるような状況では、聴力のわずかの差が軽度難聴者を大変悩ましてしまう。

また、障害者の自立とは、障害を克服して日常生活を自分一人で行えるようになるということではなく、自身の障害を客観的に認識して、障害のために不可能なことには積極的に周囲にサポートを求めることができるということである。

しかし、自分がどの程度聞こえていないかということを、当の難聴者が客観的に知ることは容易ではないし、軽い障害は克服できるのではないかと思いがちであるから、適応の仕方を変えてゆくこと、言い換えると、周囲へのサポートの求め方が難しく、軽度難聴者に相当の心的負荷や不安を与えることになってしまう。

従って、軽度難聴者に対して、より重度の難聴者よりは悩みが軽いのではないか、というメッセージが伝わると、軽度難聴者は、自分のことを理解してもらえない、という反応を示すと思われる。とにかく、聴力損力の量的な問題と精神心理的な負荷の度合いは、全く相関するものではないと考えるべきだと思われる。

そのような意味では、日常生活上の不便は多くなるであろうが、重度難聴者の方が、聴覚障害の発生前後の状況の差を理解しやすいかも知れない。だから不安が小さいとは言えないが、リハビリテーションの目標の立て方とか動機付けがより早くできる可能性があるのではないかと考えられる。簡略に言えば、開き直りやすい、ということになるかも知れない。

さて、聴覚障害の経過としては一般的に、聴力は遅速の差はあれ低下してゆくものであり、聴力低下そのものがもたらす不安と、聴力の変化に応じて適応の仕方を変えてゆくという精神作業は、難聴者に相当の心理的負荷をもたらすことになる。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION