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 3.歩行能指標
 歩行は、重心を周期的に移動させ、片脚支持相と両脚支持相が交互に出現する不安定な連続動作で、動的な立位姿勢保持能を 表現する運動様式の1つと考えられる。本研究では、2つの異なる速度(「自由歩行:気持ちよい速度で歩く」および「最速歩行: できるだけ速く歩く」)で歩いた場合の歩行速度、歩幅(一歩距離)、歩調(1秒間当たりの歩数)を歩行能指標として取り上げた。動 作の緩慢さ(slowness)4)が高齢者の特長であるが、本対象者においても歩行速度は自由歩行、最速歩行ともに明らかな加齢変化 を示す。その直接的な要因は下記の式からみて歩幅と歩調に求められる。
 歩行速度=歩幅×歩調
 歩行速度を規定する2要因のうち、本研究で有意な加齢変化が認められたのは、自由歩行、最速歩行とも歩幅である。これは、高 齢者での歩行速度の低下が歩幅の低下に大きく影響されていることを示唆するもので、先行研究の知見4,12,13,30)とも一致す る。他の歩行パラメーターでの高齢者の特徴として、片脚支持時間が短く、両脚支持時間が相対的に長くなる傾向が認められて おり4,13,22,29,30)、その一因としてバランス機能の低下25,27)が考えられている。しかし、歩行パラメーターと平衡機能を評 価するパラメーターとの相互関連を、一般高齢者集団で直接検討した研究はそれほど多くない。

 4.歩行能と平衡機能との関連
 本研究で取り上げた平衡性指標の多くは、歩行速度および歩幅と有意な関連を示すが、歩調との関連は小さい。また、有意な相 関は男性に少ないが、係数の絶対値は女性と同等、あるいはそれ以上であることより、これらについては例数を増やすことによっ て男女同様な有意水準が得られると推察される。単相関および偏相関からみて、歩行能との関連は、片足立ちや躯幹を前後に傾斜 させる課題、つまりより動的なパラメーターにおいて顕著である。
 姿勢制御系の中でも片足立ちが筋機能の働きを多く反映し、両足立ちが筋機能以外、主として神経系における中枢制御の働き を多く反映することや、筋力は安楽立位では安定性を規定する要因としてそれほど重要でないが、前傾や後傾など筋活動量の多 い立位姿勢では安定性の規定要因としてきわめて重要であることが稲村10)、藤原ら5)によって指摘されている。一方、Cavagna らの振子モデル2)を適用して、高齢者の歩行特性をEnergeticsな見地から検討した金子ら14,15)、山本ら30)は、高齢者の遅い歩行が 振子モデルからみた「効率」よりもむしろ、筋由来の「パワー」の低下に起因することを指摘している。このような先行研究に 照らすと、本研究において明らかになった歩行能と平衡機能との関連には、筋力が関与していると考えられる。これは、歩行速度、 歩幅を説明変数に、年齢、身長、平衡性指標、他の体力指標を説明変数にした重回帰式においても示唆され、女性の自由歩行歩幅を 除けば下肢の動的筋力(垂直とび)は高齢者での歩行能のばらつきのかなりの部分を説明している。これらの傾向はより大きな パワーを必要とする最速歩行で顕著である。このような結果は、高齢者における力強い歩行の維持には、筋力の低下をできる限 り少なくすることが重要で、これらはバランス能にも良い影響を与えることを示唆するものであろう。


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