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 考  察
 脚筋力の低下は高齢者の日常生活の活動量を著しく減少させる(Pendargastら9))。Sandlerら10)は身体活動を分析する他の多 くの方法が主観的であることと対照的に、脚筋力は習慣的な身体活動レベルがおよぼしている影響を反映するため、より客観的 な指標になり得るのではないかとしている。筆者ら5)は脚伸展パワーが年齢と高い負の相関を示し、また足圧中心動揺や歩行能 力と高い相関関係が認められ、体力の加齢変化をきわめて敏感に評価する指標であることを報告した。吉武12)によれば、女性で は脚伸展パワーが高い者は乳酸性閾値が高い傾向にあることが報告されている。したがって、脚筋力や脚伸展パワーなどの下肢 筋群の筋出力能力は、日常生活の活動量や有酸素性作業能力に関連した指標としてきわめて有効であると思われる。
 下肢筋群の筋出力の重要性に着目して、近年、自立した生活を営むための下限となる体力レベルを脚筋力あるいは脚伸展パワ ーで示す方向が試みられている。
 例えば、YoungとSkelton14)は手助けなしに階段を上るための下限値として、体重あたり脚伸展パワー“2〜3W/kg”(利き足)を仮 定しているし、浅川ら1)は平均年齢82歳の後期高齢女性を対象にした測定結果から、起居・移動動作の自立に必要な筋力の目安と して、足背屈筋群0.42Nm/kg、膝伸展筋群1.43Nm/kgという値を示している。
 本研究と同様の手法を用いた先行研究として、Yoshitakeら13)は郡部に居住する60歳〜79歳(平均年齢67歳)の女性242名を対象 に、日常生活活動状況調査と脚伸展パワー(両脚)の調査測定を行い、6つの日常生活動作(階段の昇降、椅子からの立ち上がり、バス などの座席からの立ち上がり、青信号中の横断歩道の横断、エスカレータヘの移乗、小さな水たまりの跳び越し)を行うことがで き、かつ過去1年間に転倒経験のない者と、日常生活動作に1つ以上できない項目があったり転倒経験のある者とを2群に分け、比較 検討している。その結果、全7項目に問題のない群の方が体重あたりの脚伸展パワーが有意に優れていたことが示され、また7つの 日常生活動作を支障なく行える体力レベルの指標として、両脚の脚伸展パワー“9W/?”(この場合、対象者は女性)という数値を 提案している。この数値はYoungとSkelton14)よりかなり高いが、これは質問紙で設定している“日常生活動作”の範囲を通常の 日常生活動作能力(Activities of Daily Living:ADL)の次元から、高齢者が在宅で自立して生活するうえで必要な手段的自立能力 (Instrumental Activities of Daily Living: I ADL)の次元まで拡げて考えたためであると思われる。
 本研究ではこのYoshitakeら13)と同一の日常生活動作遂行レベル・転倒調査と、脚伸展パワーあるいは等尺性膝伸展筋力の測 定を行った。その結果、表2、3および図1に明らかなように、女性被検者の場合、広範な母集団を対象とした調査1では、日常生活動作 を支障なく行え、転倒経験もない群(“支障なし”群)の脚伸展パワーが9.3W/kgと、日常生活動作に何らかの支障があったり転倒経 験のある群(“支障あり”群)の値より有意に高かったのに対し、健康や身体活動に高い関心をもつ比較的活動的な被検者を対象と した調査2aでは、“支障なし”群に相当する“転倒なし”群の値(11.3W/?)は支障はないが転倒経験のある群(“転倒あり”群;12.7W/?) より有意ではないが低い結果となった。男性被検者の場合は、“支障なし”群(14.1W/kg)が“支障あり”群(12.3W/?)より、有意に高 い値を示した。同様な傾向は等尺性膝伸展筋力においても見られ(表2、4)、調査1では“支障なし”群が“支障あり”群より有意に高 い値を示したが、調査2bでは“転倒なし”群が“転倒あり”群より有意ではないが低い結果となった。


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