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研究と報告

 

ホスピスにおける食事の実状とその役割

平野 真澄*1  木村 佳枝*2

 

はじめに

 終末期の患者に起こる食欲不振の状況は広く知られており,その改善は困難な場合が多い。しかし,制約の多いターミナル時期の日常の中で,経口的に食事が摂れることによる身体・精神分野における行動と活動拡大の可能性は,開院より5年を経た当ホスピスの日常ケアの中でもしばしば経験するところである。また,食に対する人間本来の欲求や最後まで自分らしく過ごすことへのいくつかの条件の中に食環境は重要な位置を占めるものと考えられる。今回はピースハウスホスピスでの終末期の食事の実状と今回経験した1症例について報告したい。

 

当ホスピスの食事の現状

 写真1は,10月のお月見の行事食である。このように素材や料理方法あるいは温度などで季節の香りを感じていただけるよう配慮することは,ホスピスの環境のなかで大切なことである。しかし,本来の意味でのここでの食事のめざすかたちは,生活の場としてのホスピスの日常を映す,心を込めて作られる家庭料理の中にあると感じている。
 図1は現在使用している食事筆である。一般病棟と異なり,食事制限の範囲を極力少なくし,緩和ケアの一環として経口での食事摂取を栄養補給の第一選択肢ととらえている。これに患者さんの症状にあわせて形態,量食品などを選択調整していく。しかし, 先ほどの行事食もそうであるが,スタンダード食といわれる食種がほとんどの食事の基本になっている。表1・表2にその食事の概念と献立例を示す。また,当ホスピスの食事の特徴を表すのはターミナルスペシャル食,略してTS食という食事である(表3)。この食種は,特定の形態の食事をさすものではなく,終末期の患者さんに対応する食事ケアの体制を示すものと考えている。
 ここで1997年8月から98年8月までの13ヵ月間にわたる集計を用いて,実際に患者さんはどのような食事を召し上がりながら亡くなられるかを見てみたい。対象群は,部位別には消化器癌(肝臓・胆嚢・胆管・大腸・直腸・S字状結腸・胃・膵臓)が43%,肺癌が18%,残りの39%がその他の癌(卵巣・子宮・乳・前立腺・甲状腺・膀胱・脳腫瘍)という構成であり,平均年齢63.1±1.3歳平均在院期間55.4日である。
 この方たちの亡くなった時点での食事の形は,前述したスタンダード食の方が36%,TS食の方は34%となる(図2)。このことから考えると,終末期には流動食やミキサー食に多くが移行するのではなく,摂取量こそ少なくはなるが,私たちが普段食べている内容と大きく変わらないもので最後まで過ごされる方が全体の3分の1はおられるということである。

 

*1 ピースハウスホスピス栄養科長
*2 ピースハウスホスピス看護婦

 

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