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はじめに

 高血圧は最も頻度の高い健康障害の一つであり,今日の高齢化社会においては疫学的にも臨床的にも重要な位置を占めている。高血圧の病態生理,診断,そして治療といった一連の体系の中で,血圧の測定は常に中心的な意義を有しているが,そのことについては今日あまり強く意識されることが少なくなった。それは,高血圧といった一つの症候群が単なる血圧の高い病態として理解されるのではなく,Pageのモザイク説に代表されるように,多くの要因が相互に関わり合い,その結果,閉鎖循環系の血流に対する全体としての抵抗(全末梢抵抗)が高くなることがこの疾患の病態の本態として理解されていることが主な理由と思われる。
 もちろん,血圧が心拍出量と全末梢抵抗の積で表されるとする基本的な考えは今日でも変わりないが,全末梢抵抗の増大が細動脈の形態と機能の変化による,いわゆる血管リモデリングが全末梢抵抗の増大を生じ,そのことが原発性高血圧の本態をなすとする考え方が今日では支配的であり,sick vessel syndrome(血管病症候群)という呼称が用いられている。高血圧発症の機序がこのような血管病としてとらえられるようになったのは,高血圧の病態の主役が細動脈であり,そのリモデリングの過程には循環調節に役割をもつ多くの要因が多面的に関わり,それらの相互作用が細胞レベルや分子レベルで次第に明らかにされるとともに,これらの機構に大きく影響する遺伝的要因や環境要因の役割が解明されてきたことによると理解される。その結果,高食塩,肥満,飲酒過多,運動不足,心理・社会的ストレスといったいわゆる生活習慣と密接に関わる要因と,それらの背景因子でもある遺伝的要因が高血圧の発症,そしてその進行や増悪を左右することが共通の認識となり,原発性高血圧に対する疫学的,あるいは臨床的アプローチの仕方が次第に確立されてきた。
 この小冊子は今から16年前に,ナースに対する血圧の理解を生理学的な面からサポートする目的でまとめられたものである。当時は,ようやく血圧測定が医師の独占的な職業的手技から離れ,ナースや臨床技師を含めたコメディカル,さらには患者自身やその家族によっても行われるようになり,そのためには一般のひとたちの血圧に対する理解を直接支援するコメディカルの方々の学習に役立つようにとの思いから,血圧を中心にした循環生理学の解説書として企画された。
 今回の改訂はこれまでの内容を大きく変えるものではないが,この間の基礎医学や臨床医学の進歩を踏まえて,高血圧の病態生理,診断,治療,そして予防をより強く意識した考え方を浸透させるべく,医療者のみならず多くの一般の方々にも高血圧に関心を寄せていただくことを主な目的とした。従って,これまでの循環調節の考え方,行動と循環系の調節,そして血圧測定法の技法に加えて,血圧の高くなる機序の項を加えたので,そのための啓蒙書としての役割を果たすことができれば幸いである。

平成11年1月31日著者

 

 

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