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 しかし,一方では技術進歩を誇る現代社会で,人間はあたかも万能者になったかの錯覚をもつに至りました。生きものとしての人間の限界,すなわち死は,特に医療技術の敗北を意味します。せめて死を目前に見ることをやめることによって,人は万能者の錯覚をもち続けようとし,自分の家では死なないことにしました。それのみならず,今世紀の技術は,「死を抹殺する」ことに成功したかにみえます。クローンによる生きものの生産は羊のドリーにとどまらないだろうと危倶されています。
 そういう状況にあって,日常生活に「死の意識を取り戻そう」というホスピスの観念は,時代に逆らう動きに見えます。しかし,100万年来の人類の進化の過程の中で,人間はまだ模索の状態にあるといわれます。たとえば,これから10年先の情報技術の発展度は現在の1,000倍にのぼるであろうと予想されています。しかし,世界中の科学者も経済学者も政治家も,50年後の世界像を予想することはできないでいます。
 いま,世界中でホスピス運動が起こっているのは偶然のことではなく,人類がまた新しい方向を探り始めた一つのしるしだと思われます。もちろんそれは,また16世紀の世界に戻ることではあり得ません。ドイツ人愛宮(えのみや)―ラサール神父は,その動きを「東洋思想と西洋思想を統合完全化するインテグラル(IntegraI)の追求」と表現しています。この新しい意識の目覚めが,今世紀末の社会で胎動し始めたものであり,それが一般人の人の動きであることが,事態の重要さと重大さを示しています。

「人間とは何か」を問う

 話が広がりましたが,最後に私が最近身近に経験したことを簡単にお話しいたします。2月の定例スーパービジョンがもたれたとき,私は自分の抱えていた問題を述べました。

 

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