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■事業の内容

従来、船舶のバラストタンク内の防食法に関しては、塗装を中心にその対応がなされていたが、昨今のタンカーにおけるダブルハル構造の要求に伴う塗装面積の増大、更には塗装作業の人手不足問題もあり、塗装に代わる防食方法の開発が重要な課題となっている。この問題の解決策としては、バラストタンク内の酸素濃度を低下させて腐食を防ぐ方法が有力視されているものの、その有効な手段については具体化されていなかった。
 近年、窒素ガス製造装置が従来に比較して高性能となり、船舶内において窒素ガスを製造し、バラストタンク内に充填することにより酸素濃度を低下させる防食方法の実現性が高まったが、窒素濃度や周辺の環境温度によっては、防食効果にばらつきがでることから、実船レベルでの防食法としては未だ確立されるには至っていない。
 よって本研究開発では、これまでの基礎実験から得られた結果をもとに、実船レベルにおける高純度窒素ガスの供給、置換、維持をシステム化した船舶バラストタンクの防食システムの確立に向け以下の内容を実施した。
 [1] 酸素濃度と腐食速度の調査研究
   鋼は電気化学反応によって腐食していくが、酸素濃度を低下させることによりカソード反応が制御され、腐食反応は低下する。特に、酸素濃度が1桁下がれば、腐食速度は著しく低下し、無塗装鋼板の使用が可能となるがこれまで実際の海水の雰囲気に於ける酸素濃度と腐食速度の関係を定量的に把握した資料がないことから、文献による周辺技術の調査および内部に骨構造のない固定式の容積約1.8〓のタンクを使用し、動揺の代わりに定期的に海水を散布、週1回の海水の注排水を繰り返すことによって実船と同様の模擬環境下で陸上実験を行い、データ分析、関連性の調査を行った。
 [2] 高純度窒素ガスの製造に関する調査研究
   目標酸素濃度を達成するために要求される窒素ガス濃度を作り出すことのできる窒素ガス製造装置について、船舶使用や技術的にも経済的にも成り立つことを念頭に、[1]空気から直接ガスの状態で窒素ガスを分離するPSA法、[2]膜分離法、[3]空気を液化して窒素を分離する深冷分離法の3つの方法について検討を行うとともに、窒素ガスの供給システムとして、下記の3つの方法について検討を行った。
  [1] 船上に航海中(デバラスト時も含む)に必要な窒素を搭載して供給し、帰港時に消費した窒素を陸上の設備から補充。
  [2] 船上に航海中(デバラスト時も含む)に必要な窒素が製造可能な設備を搭載。
  [3] 最も大量の窒素ガスが必要となるデバラスト時は陸上設備より窒素ガスを供給し、船上には航海中必要な窒素ガスのみを搭載する。またその容量の製造装置を搭載。
 [3] 窒素ガスによる供給・置換・維持システムに関する研究開発
   窒素による防食システムにおいては、バラストタンク内の残存酸素濃度によって防食速度が大きく左右されることから、効率よくバラストタンク内の酸素を窒素に置換する必要があるが、実際に効率の良い置換が要求されるのは最初にタンク内に窒素を充填するとき及びバラスト水排出時の窒素の供給であることから、置換方法の理論的検討及び計算結果をもとに下記の4モデルについて置換効率の検討を行った。
  [1] 分子拡散モデル
  [2] ピストン流れモデル
  [3] 完全混合モデル
  [4] 噴流境界層モデル
   またこれらのモデルはその用途に応じて最も適当なものを選択して解析を行う必要があることからバラスト水排出時、初期パージ時について最適モデルの検討を行った。
 [4] 実船実験・評価
  [1] 実験方案の作成
    実船実験では、構造部材および試験鋼板の腐食速度を測定すると共に、窒素の置換・維持システムの作動確認、さらに窒素の置換率(酸素濃度)および温度の計測を同時に行って環境の与える影響と実用性を調査する為、その実験方法、計測内容およびスケジュールの作成を行った。
  [2] 装置の設計製作
    船上に搭載した液体窒素タンクに貯蔵した液体窒素を空温式の蒸発器によって気化させ、減圧弁で減圧した後に圧力調整弁を通してバラストタンクへ供給することにより、バラストタンク内の酸素濃度を0.5%以下にする窒素ガス供給、置換、維持システムを設計、製作し、現在運航 中の船舶のバラストタンクの一部を改造してこれを搭載した。
  [3] 実船実験・評価
    第一中央汽船所有の150型鉱石石炭運搬船を使用し、その?1バラストトップサイドタンクを対象として、左舷側タンクを窒素ガス充填タンクとし、右舷側のタンクを大気開放のタンクとして両タンク内に塗装の有無、設置方法等の各種条件を違えた試験鋼板を複数設置し、約4000時間毎に1枚ずつ取り出し、腐食量の計測を行った。また、構造部材については、タンク内に新たに追加した構造部材を実験の対象としてその腐食の度合いの観察、防錆効果の比較を行った。
■事業の成果

今回の研究の結果、バラストタンク内の酸素濃度を0.5%以下に押さえることによって腐食速度を極端に遅くできること、船舶に本防食システムを適用する場合、経済性を考慮するとPSA型窒素製造装置と窒素液化装置を搭載したシステムが有利であること、窒素ガスで空気を置換、維持するシステムとして低圧で一定圧に制御した窒素ガス供給システムが有効であること、更に当該システムの実船使いを想定した腐食試験を行い、実用化にあたっての問題点を明確にできた。以下に実施項目毎の成果を記す。
 [1] 酸素濃度と腐食速度の調査研究
   バラストタンク内の酸素濃度が0.5%以下の条件が確保できれば1年で0.02mm以下の腐食しか発生しないことが確認された。従って実船においても酸素濃度管理が成功すれば船齢が25年としても船の一生で僅か0.5mm程度以下の腐食しか起こらないこととなり船の一生の内、バラストタンクを無塗装でも充分使用可能となることが確認された。
   しかし、酸素濃度と環境温度によっては腐食量がかなり変化することから、それらの管理が非常に重要であることも認識された。
   又、陸上の模擬実験では、この管理を窒素の圧力制御により行うことで成功したが、実船では規模の大きさの相違、激しい動揺や温度条件の差などによる窒素ガスの漏洩など模擬実験では模擬できない多くの要因が存在しており、また骨構造の存在による酸素濃度の微妙な不均一性も生じる可能性があることを指摘できた。
 [2] 高純度窒素ガスの製造に関する調査研究
   下記の3つの方式を基に最適窒素防食システムを選定するため10ケースについて詳細にケーススタディーを行った結果、PSA方式の窒素ガス製造装置と液化装置を搭載したケースが最も経済的であると結論した。
   方式 a 積荷の揚地で窒素補充する必要があることから、揚地が固定されている船舶に適している。また、陸上設備は多数の船で兼用できるため隻数が多ければ1隻あたりの陸上設備の費用は低減できる。
   方式 b 船舶に全ての製造設備を搭載しているので、どのような航路でも対応可能である。ただし、全ての設備を搭載しなければならないため船上に大きなスペースが必要となることから大型の船舶に適している。
   方式 c デバラスト時に窒素を供給する設備を陸上に設置する必要があることから、積地の固定されている船舶に適している。陸上設備は多数の船舶が共有することで1隻あたりの費用を低減することができるが、積地(通常海外)に窒素製造設備を設置しなければならない問題がある。
 [3] 窒素ガスによる供給・置換・維持システムに関する研究開発
   当該防食システムにおいて実際に効率の良い置換が要求されるのは、最初にタンクに窒素ガスを充填する時とバラスト水を排出する時であることから、それぞれの場合について以下のことを明らかにできた。  
 [1] 初期タンク充填時
    空気が100%充填されている状態から窒素を供給し、空気抜き管(実際にはブリザー弁)から自然排出させる操作において、分子拡散モデルを適用し、タンク形状を直方体に単純化してFEM解析を行うとともに、各場合について具体的に置換時間を計算し、必要な窒素供給能力の求め方を明らかにした。
  [2] バラスト水排出時
    窒素の供給が十分であると仮定すればピストン流れモデルが適用できることから、バラストタンクの容量を1時間当たりのバラスト水排出能力で除して置換時間を求めることにより、窒素ガスの最大供給必要量を求め、これを上回る窒素の供給設備を装備すればこの仮定が成り立つことを明らかにした。
 [4] 実船実験・評価
   昨年11月30日より実証試験を開始し、平成10年3月24日現在で約2730時間の実験を継続中であるが、第1回目のバラストタンク開放の結果、実験装置による窒素ガス供給ならびに置換は正常に行われ、設計した装置の妥当性が確認されたと共に、海水雰囲気にあるバラストタンク内の場所の相違による腐食の違い、あるいは経年的腐食の進捗状況が確認された。しかしながら、窒素充填側のタンクと大気開放側のタンクとの間での腐食の明確な相違については実験期間が短いこともあり得られず、今後の課題となった。





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