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■事業の内容

北海域における冬期間の船舶への着氷問題は陸上の想像をはるかに越えるものであり、過去においてもデッキ上のヒートパイプや機関の冷却温水の散布システム等主に船体への着氷防止のための調査研究が行われたが、それらの装置を設置していない漁船等においては、ほぼ2〜3時間毎のハンマリングといった原始的な方法で除去しているのが現状である。さらに甲板上に設置するよう義務づけられた救命用または航海用の機器類への着氷については、その多くが電気的な精密機器であることからハンマリングや強力な電熱ヒータ等による脱氷ができないため、これまでほとんど対応がとられていない。これらは船舶の航行、海難防止に直接関わる重要な機器であり、早急に対策を講じる必要がある。
 よって、甲板上の機器類に対する着氷防止技術を開発するため、着氷の現状、着氷防止に関する技術の検討及び評価等を行い、具体的な技術開発目標を策定し、船舶の安全航行に資することを目的に、以下の事業を実施した。
 [1] 実施項目
   本テーマは積年の課題であり、過去において種々の研究機関等により究明されながら、対策案の経済性や着氷時期並びに対象海域の限定性の面で全面的に採り入れるまでには至っていない。着氷のメカニズムや特定海域、着氷に必要な気象環境等はこれまでの調査の中で一応の見解が確立されているので、本事業ではこれら基礎的な分野に対しては確認を行う程度とし、具体的な防止策の確立を目指して実施した。事業実施にあたっては学識経験者から成る調査研究委員会を設置して研究全体の方針の策定、とりまとめを行い、さらに小委員会(作業部会)を設けて具体的な検討等を行った。
  [1] 着氷の現状調査
   a.文献調査
     着氷のメカニズムについては、既に数十年来各機関で研究がなされており、その成果は研究報告書等により発表されているので、本事業ではこの分野に対する見解は既に発表済みの文献から構築することとした。従来からの研究により、船体着氷の主たる原因が「海水のしぶき」と「気温」によるものであるとしていることから、船体着氷の発生機構を気温、船舶の相対風向・風速などの「気象・海象条件」と海域、船舶の航行による「海水のしぶき」、着氷する「材料の違い」について文献を調査し整理した。
     対象となる甲板上の機器類は、実際の船舶においては各船固有の設備もあり、千差万別であるが、着氷対策が切に要望されている、救命艇、膨脹式救命いかだ、航海用レーダ、衛星系406EPIRB、アンテナ、船灯類に絞り込み実施した。
   b.現地調査
     文献調査では把握しきれない内容や、過去の調査後の進歩で最新の技術が確保されているかの確認や現状を把握するため、現地調査を実施した。
     調査対象については、着氷経験を有するものとすることが望ましいので、国内においては北海道地域から選定することとし、海外においては極寒経験の多い北欧から選定することとした。調査に当たっては、事前に調査趣旨書及び質問書を送付し、協力を要請したうえで実施した。 
    a 国内調査
      北海道地域のうち、釧路地区及び根室地区の北洋漁業で着氷経験のある漁船を選定して実施した。調査方法は調査票及び質問書に基づいて、船主、船長、漁労長等から聞き取り調査を行うとともに、漁船甲板上の機器の配置や着氷状況について状況調査した。
      実施日:平成9年11月21日
      釧路地区(釧路港)
       第7星徳丸  279トン 遠洋底びき網漁船
       第51恵久丸 160トン 沖合底びき網漁船
      根室地区(根室港、落石漁港)
       第52三光丸  19トン タラはえ縄漁船
       第10恵久丸 186トン タラはえ縄漁船
       第11恵久丸 127トン タラはえ縄漁船
      調査員:作業部会委員、事務局
    b 海外調査
在ヨーロッパの船舶関係の各種メーカ、船主、造船所、船級協会等14社へ、調査の目的をアピールし、情報の提供と訪問の受け入れについて打診した結果、以下を調査した。
      実施日:平成9年10月27日〜11月6日
      訪問国:フィンランド、イギリス、ノウウェー
      調査先:Kvaener Masa Yards、Solstad Shipping AS、Ulstein Industrier AS、
Litton Marine System UK Branch、Granpian Hydraulics LTD、
British Marine Equipment Council
      調査員:委員会委員、事務局
  [2] 着氷防止技術の検討と評価
    現状調査の結果により、個々の方策について検討及び評価を行った。
  [3] 技術開発目標の策定
    これまでの調査により、過去開発された諸対応策も決めてとなるものではないことが判明した。方法論としては確認されていても、内容が経済性や耐久性、普遍性等に満足するものではなく、あまり普及しないまま現在に至っている。着氷による海難事故も少数とはいえ現在でも発生しており、撲滅のため新しい対応策の開発が必要であることから、着氷防止・除去に関する新技術開発の提案を行った。なお、対象とした機器類は多種多様で、共通的に実施できそうな対策や個別でなくてはできない対策もあると考えられるので、個別の機器毎に検討し提案した。
  [4] 報告書の作成
    本調査結果をとりまとめ、報告書を作成した。
■事業の成果

甲板上機器類に対する着氷防止技術を開発するため、着氷の現状、着氷防止に関する技術の検討及び評価を行い、具体的な技術開発目標を策定することを目的に本事業を実施した。
 今回の調査により、着氷に関するメカニズム等の理論的研究は一応完結しており、ほぼ定説化されていることがあらためて確認された。その内容を要約すれば、船舶における着氷とは海水のしぶきが船体構造物に付着し、船舶が位置する低温環境によって潜熱が奪われ凍着する現象であり、いかにして海水のしぶきを浴びないようにするかが決めてとなるというものである。特に漁船はしぶきを発生しやすい船型をしており、一層その傾向が顕著となる。一方、対策面を見ると着氷による危険が言われ始めて既に40年近い月日がたつものの、その間考案されたさまざまな防止策或いは軽減策は、船舶安全法の目的の一つである堪航性の確保を主体とした対策であったが、いずれも経済的に採算が合わなかったり、実効性に乏しいものであったので、結局のところ付着した氷を人力で落とすという、もっとも原始的な方法以外決め手がないのが現状となっている。
 しかしながら、人力に頼る以上は作業時間の長さと労働力に多数の手が必要となるのに対し、省人化の進む近代船では万一着氷に襲われても、人手不足になるが故に最悪の事態に追い込まれることも予測される。よって、機器の使命の重要性や対策方法として応用の幅の広い点から優先的に開発する必要があるものとして、以下の提案を行った。
 [1] 撥水性(離着氷性)塗料
   氷が付着しにくく、或いは除去しやすくするためのコーティング材としての撥水性の塗料で、耐久性があり周年型として使用できるもの。
 [2] 撥水性(離着氷性)素材
   撥水性の強いオーニング材としてのキャンパス布や耐寒性、耐オゾン性、耐紫外線性、耐塩分性があり且つ強度的にも強固である素材。
 [3] 面状ヒーティング装置の開発
   面状ヒータとして対象物に張り付けたり、素材の中へ組み込んで成型することができるもの。
 [4] 離着氷性のEPIRB
   氷が付着しにくく、或いは除去しやすく且つ耐寒性に富んだ素材でできているもの。
 [5] 自動離脱装置
   低温時にも作動可能な、EPIRBや膨脹式救命いかだの取付にも適応できるもの。
   今後はこれらについて実際の開発を待つことになるが、各機器への対応策として必要な技術が明確になったことは、船舶の航行の確保と人命の安全に寄与することができるものと確信するものである。





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