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■事業の内容

我が国には湾や内海等の養殖漁業に適した海域が多いが、北欧のフィヨルド等とは異なり沿岸海域の水深が浅いため、生活排水をはじめ養殖産業による養殖魚の残餌や排出物が堆積し易く、また海水の対流が少なく新陳代謝が乏しいため、プランクトンの増殖を招き、そのため赤潮による被害等も多く海洋汚染の一因となっている。また、養殖魚の病気の発生を防ぐため餌に混入する抗生物質が海底に蓄積したり、海中に溶出するなどして、海中の微生物等による海の浄化作用を損なう恐れがある。このような海洋汚染を解消し海の浄化を図ることは、海洋環境を保全する上で重要な課題となっている。
 本事業は、海の生産力に依存せず陸上で魚が育成できる環境を作り、海洋汚染を招かない養殖用水完全循環式陸上養殖技術について、魚の生態系等の基礎調査を含む総合的陸上養殖技術の調査研究を行い、広く海洋汚染防止に寄与することを目的として、以下の事業を実施した。

 [1] 実施内容
  [1] 海洋養殖の現状調査
    我が国の沿岸海域の養殖状況および海洋汚染状況等について、北海道、東北、中部、四国、九州等の現状調査を行った。調査場所及び養殖の魚種等は次のとおりである。
   a.神奈川県水産総合研究所 神奈川県栽培漁業センター(ヒラメ、アワビの稚魚養殖、ふ化研究) 
   b.長崎県松浦市 松浦水産(株)(ハマチ、タイの養殖、松浦湾の状況)
   c.長崎県佐世保市 幸陽水産(株)(ハマチ、タイの養殖、佐世保湾の状況)
   d.鹿児島県志布志町 日本栽培漁業協会志布志事業所(クルマエビの稚魚養殖)
   e.宮崎県串間市 貴丸水産(株)(ハマチの養殖、ハマチの水産加工、志布志の状況)
   f.愛媛県南宇和郡御荘町 ?山木産業(ハマチ、タイの養殖、宿毛湾の状況)
   g.香川県高松市 〓日本栽培漁業センター屋島事業所(ハマチ、フグの稚魚養殖設備)
   h.香川県仁尾町 仁尾興産(株)(車エビの養殖場)
   i.函館市 北海道立工業技術センター(ペヘレイの陸上養殖設備)
   j.函館市 函館製網(株)(循環式陸上養殖設備)
   k.北海道大沼町 大沼国際セミナーハウス(国内外の漁業の現状及び養殖の現状等)
   l.大分県高田市 海洋水産研究センター浅海研究所(アサリ、ハマグリの稚貝の養殖)
   m.大分県武蔵町 ヤンマーディーゼル(株)ヤンマーマリンファーム(ヒラメ、淡水魚の養殖設備)
   n.宮城県気仙沼市 気仙沼水産事務所(カキの養殖場及び加工場)
   o.岩手県釜石市 (株)サンロック(チョウザメ、マツカワの陸上養殖設備)
   p.神戸市 神戸国際会議場、展示場(国内外の養殖技術、養殖設備の情報収集)
   q.和歌山県白浜町 堅田漁協(タイ、ハマチの海面養殖設備)
   r.和歌山県串本町 近畿大学水産研究所(マグロの海面養殖設備)
   s.三重県尾鷲市 尾鷲物産(株)(ハマチ、タイの海面養殖設備)
   t.三重県紀伊長島町 丸年水産(株)(ヒラメのかけ流し養殖設備)
  [2] 養殖対象魚の特性調査
    鹹水(塩水)性−淡水性、暖流系−寒流系、回遊系−定着系、植物食性−動物食性などのパラメータから魚種を体系化し、その生態・生育環境(生育史、生育環境、栄養要求(餌)、病気、免疫等)の特性調査を行い、陸上養殖対象魚種を選定した。
  [3] 養殖魚の市場性の調査
    世界の水産物の市場性(需要、流通、加工等)の調査を行い、最終食品を想定した生産コスト及び生産規模の策定を行った。
  [4] 養殖技術の調査
    対象魚種の酸素要求、個体群の代謝量、養殖に必要な水質基準、水質管理方法、水処理・浄化方法等、国内外の技術調査を行った。また、対象魚種の摂餌生態の調査を行った。欧州の陸上養殖技術についての調査国及び調査場所は以下のとおりである。
   (海外調査)
   a.調査期間
     平成9年8月11日〜8月24日
   b.出張者
     菅 原一 美(シップ・アンド・オーシャン財団 第二研究調査部)
   c.調査場所
    a ノルウェー
     イ.Aquaculture Research Station (Tromso市)
       アトランティックサーモン、タラ、ハリバット(おひょう)、ターボット(ヒラメ)、ウルフフィッシュ(オオカミ魚)、マリンキャットフィッシュ、ランプサッカー、ウニ、北極タラ、北極イワナ等20種の養殖状況、養殖装置及び魚の病気の研究状況調査を実施。
     ロ.Acvaplan niva パイロットプラント(Tromso市)
       ハリバット(おひょう)、ターボット(ヒラメ)、ウルフフィッシュ(オオカミ魚)の養殖状況、養殖装置の調査を実施。
     ハ. Tromso Marine Yngel社(Tromso市)
       ハリバット(おひょう)の稚魚育成設備の調査を実施。
     ニ. AQUANOR'97 (Trondhime市)
       世界各国の養殖関連企業約500社の養殖関連設備機器、餌、ワクチン等の技術資料収集を実施。
    b フランス
     イ.SEDIA社(Morlaix市)
       養殖管理設備・システム、制御装置、成魚自動選別機等の開発状況調査を実施
     ロ. Marida社(Treguier市)
       フランスターボット(ヒラメ)の養殖状況調査。
     ハ. S.C.E.A SALMAS PISCICULTURE社及びEARL Pisciculture du Dourduff社(Plougoulm市)
     ニ. ニジマスの陸上養殖設備の調査を実施。
    c イタリア
     イ. BIOITTICA ESTENSE S.R.L.社(Padova市)
       ウナギの陸上養殖設備の調査を実施。
     ロ. ALLEVAMENTO ITTICO社(Pontelangorino市)
       ウナギの陸上養殖設備の調査を実施。
     ハ. ITTICAUGENTO SPA社(Torre Mozza Ugento市)
       ヒラメ、クロダイの陸上養殖設備の調査を実施。
     ニ. PANITTICA PUGLIESE社(Torre Canne di Fasano市)
       ヒラメ、クロダイの稚魚の陸上養殖設備の調査を実施。
  [5] 陸上養殖システムの概念設計
    養殖対象魚種(ハマチ、タイの2種)を想定した循環式陸上養殖システムの概念設計を行った。
■事業の成果

我が国の沿岸海域における海洋環境は、川や陸上から種々の汚染物質が海洋へ流れ込むとともに海面利用の拡大等で、年々海洋汚染が拡大している。このため、海洋汚染は海洋生物への影響、特に魚介類への影響が大きく、我々の食生活に大きな影響を与えている。
 本事業では、この様な状況のもとで、きれいで安全な海を取り戻すことを目的として、我が国の沿岸海域の海洋汚染の現状や、魚介類の生産への影響等を調査するとともに、海洋汚染対策の一つとして欧米で盛んに開発が行われている陸上養殖技術の現状を調査した。また、過密状態にある海面養殖等の一部を陸上に移行して養殖するため、我が国に適した陸上養殖対象魚の選定を行い、海洋に用水を流さず魚が生産できる循環式陸上養殖システムの概念設計を行った。
 本事業の成果は次のとおりである。
(海洋汚染)
 [1] 我が国の沿岸海域、特に内湾の海洋汚染はかなり深刻な状況である。特に、海水の貧酸素化と富栄養化、浅水域での底質環境の悪化、貝類の生息域である砂浜域の汚染、赤潮による魚貝類の被害等が顕著になってきている。
 [2] 汚染の原因としては、沿岸域の地形改変等による海水の滞留、陸上からの排水・投棄等による海水への負荷の増大等が考えられる。
 [3] 現在の内水面養殖や海面養殖は地域、場所等に限界がある上に、自然災害や海洋汚染、寄生虫や魚病等さまざまな障害に晒されている。また、海面投餌型の養殖方式は、残餌等により水質や底質が悪化し、海洋汚染の一因になっている。
(漁業の現状)
 [4] 世界の人口は、1997年6月現在58億5千万人で、今後も増加し、推定では2000年には62億人、2050年には100億人に達する。また、世界の穀物生産量は2000年には22億トン程度にまで増加するが、21世紀半ばに28億トンの限界点に到達すると予想され、世界の人口増により食料事情は逼迫している。
 [5] 1995年の水産物の全生産量は1億1千2百万トンである。その内、漁獲漁業生産量は9千1百万トンで過去10年間横這いである。今後も世界の漁業生産量に大きな伸びは期待できない。
 [6] 1995年の水産養殖生産量は2千1百万トンと、ここ10年間で倍増している。今後も増え続け2010年には3,500万トン、2025年には5,200万トンになるとの予測もあり、世界の養殖生産量は急速に伸びている。水産養殖は今後も重要な食料生産手段として期待できる。
 [7] 我が国の内水面養殖・海面養殖の生産量は、海外からの輸入による魚価の低下や稚魚の高騰、赤潮や魚病によるへい死等により伸び悩んでいる。
(陸上養殖技術)
 [8] 陸上で用水を循環濾過して養殖を行う「循環式陸上養殖技術」が欧米で開発され、実用化研究が進み、既に一部事業化が始まっているが、我が国で開発研究を行っている機関はほとんど見あたらない。数年前から国際養殖産業会が海外の技術紹介やノウハウの導入を開始し、一部で実証実験が始まったところである。
   「循環式陸上養殖技術」は、養殖魚が排泄するアンモニア等を微生物を使ったバイオ技術で硝化した後、窒素ガスとして放出し、養殖用水を浄化して循環再利用し、系外に用水を排出せずに養殖ができるため、海洋汚染を招かない環境に優しい養殖技術である。
 [9] 「循環式陸上養殖技術」は、陸上における独立した自己完結型養殖設備であるため、魚に最適な環境を作り出すことができる。すなわち、外部からの魚病や寄生虫の侵入を防ぐことが可能となり、魚のへい死率の低下や良質の良い魚生産が可能となる。
 [10] さらに、水温や塩分・水質等、養殖魚の育成環境の制御により、魚の成長速度を高めることも可能となり、また、給餌管理等はコンピュータで自動管理するため、少人数での養殖管理が可能である。
 [11] ただし、現段階では土地・建物や水槽設備・機器類、管理システム等の初期投資にかかる費用が大きい。
 [12] 安価で高効率の水浄化システムの開発が必要である。
 [13] その他、養殖対象魚の生理・生態の研究、餌、ワクチン等の周辺技術の開発も重要である。
 [14] 養殖生産コストは、現状では海面養殖等他の養殖に比べ割高であるが、将来、陸上養殖システムの普及により水槽や浄化システム等の設備価格の低下、養殖管理システムの自動化による省力化等が予想されるので、従来方式の養殖コストと同等の生産コストとなる期待がもてる。
  我が国は海洋国家でありながら、海に対する配慮がたりなかったのが現状で、海の使用料はただという認識があった。その結果、海からの恩恵を最も受けている漁業が年々縮小し、近い将来、海からの生産はあまり期待できない状況が予想される。
  したがって、現在行われている海を利用した養殖の一部を陸上に移行させることにより、海に対する負荷の軽減を図り、その結果、海洋環境の保全が可能となる等の利点がある陸上養殖技術の進展が期待される。





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