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高齢者ケア国際シンポジウム
第5回(1994年) 日本の高齢者ケアのビジョン


第1部 発表  望ましい高齢者ケアの環境

アメリカ・マウント・サイナイ・メディカル・センター 国際高齢化リーダーシップセンター副所長
ジュディ・L・ハウ
Judith L.Howe



1.はじめに
人口の急速な高齢化、高年高齢者の増加は、世帯構成の変化を背景にして、新しい形の住宅や地域社会の必要性を生みだしている。私は、高齢者のための理想的な住環境について、アメリカでの実例を紹介し、その問題点を概観してみたい。高齢者用の住宅を考えるには、いくつかの問題を考慮に入れなければならない。この点に関しては、文化的背景や好みの相違はあっても、日米両国が直面する課題は同じである。つまり、限られた資金と高齢者数の増加という枠のなかで、高齢者のための最適な環境をつくるということである。また、住宅と社会的サービスや医療サービスをどのように関連づけるかが重要な課題である。

2.世界的な高齢化傾向
人口に占める高齢者の比率は、先進国では急速に増加しており、発展途上国でも増加することが予測されている。日本における高齢者の増加率はほかの国よりさらに高く、特に高年高齢者の増加率が高い。2020年までに、日本の人口の約9%は80歳以上になると見込まれている(図1)。

3.アメリカおよび日本における高齢者の生活構成
現在、アメリカでは、高齢者の3分の1は独り暮らしであり、その大半は75歳以上の女性で、また85歳以上の高齢者の約半数が独り暮らしである。アメリカにおける独り暮らしの高齢者数は、2020年までに50%増加して1300万人になると予想されている。日本では、独り暮らしの60歳以上の高齢者数は人口の5.6%にあたる190万人(1992年)であったが、今後は増加するものと思われる。配偶者の有無と世帯規模は、高齢化を考えるうえで重要な要素でもある。2人以上の世帯に暮らす場合は、経済的にも心理的にも支援を求められるが、独り暮らしでは貧困度も高く、また深刻な健康問題を抱えていても介護を求める相手がいないのが実状である。


図1 1990年から2025年の高齢者の増加割合


4.高齢者用住宅の問題
高齢者にとって最適な住宅環境は、設計面ばかりでなく、社会的統合の機会を促進することも考慮しなければならない。つまり、高齢者間の社会参加や交流の機会をつくり、相互扶助や援助の促進を図ることである。これにより、社会サービスや医療支援システムとの接点がつくられ、また若者との相互作用も生まれるのである。
さて、高齢者用のシェア住宅、共同住宅をつくるうえでの問題点に話を進めたい。
(1)ブライパシーと相互作用
どんな住宅であっても心理的に満足するためには、プライバシーをコントロールできなくてはならない。また、社会的な他人との相互作用も必要で、時にはサポートにアクセスできなくてはならない。つまり、十分なプライバシーと相互作用の機会を提供することが重要であり、この2つのバランスは個人により異なり、また同じ人でも時とともに変化するものである。
(2)ケアの連続体
住宅環境を考えるうえで、「ケアの連続体」とよばれるものがある。これは、独立した生活から依存した生活に移る連続体のことで、たとえば独り暮らしから、ナーシングホームに移るというようなことを意味する。アメリカでは、1つの住居でいろいろなケアの形態を変えることができないため、高齢者は老人ホームなどに引っ起さなくてはならないという現状がある。
(3)自己管理
リビングルームや台所を共有しながら生活するというシェア住宅においては、自己管理というものが必要になってくる。自立には、プライバシーが非常に重要な要素ではあるが、共同生活には何らかのルールが必要であり、またそれが個人のニーズと集団のニーズでは矛盾している場合もある。したがって、どのようにルールを運用していくか、だれがルールを設定し、変更していくのかが重要になってくるのである。
(4)セルフヘルプ
高齢者のニーズを満たす最も効率的な対応のために、アメリカではセルフヘルプという概念が注目を浴びるようになってきた。そのため、シェア住宅、特に同じ家に何人かが住むホームシェアという形が増えてきている。
(5)高齢者の分離と高齢者の統合
年齢別に分けて住むというのが、多くの人にとっては最も望ましいといわれている部分もある一方で、より生産的なモデルとしては、若年高齢者と高年高齢者とが混在して生活する形態が望ましいとする人もいる。
若年高齢者と高年高齢者の同居は、非公式な援助ネットワーク、管理への居住者参加、より広い共同体への統合といった長所をもたらすこともあるが、年齢の違いにより状況が悪化することもある。また、あらゆる年齢層を含む住宅建築の場合には、世帯規模、入居基準、空間の使用をめぐる対立などの問題を考慮しなくてはならない。
(6)普遍的設計
すべての居住施設が、さまざまな能力を提供できるように最初から設計されていれば、老後の生活のために住宅を改造する必要はなくなる。また、この普遍的設計という概念は、住宅以外の交通機関、道路などのあらゆる点にあてはまるものである。つまり、健常な成人、高齢者、児童、障害者にかかわらず、だれもが使える都市、環境を初めから設計することが重要なのである。

5.サポート住宅と住み慣れた住居
高齢者にとっての理想的な住環境というのは、やはり援助つきの生活にあるといえるのではないだろうか。これは、たとえばシェルタードケア、パーソナルケア、賄いつきのケアとよばれるものである。これらには設計上の工夫、社会的サービス、医療サービスも含まれており、住宅と社会・医療面のサービスをリンクさせるということが1つの大きな課題となっている。しかし、その資金の出どころがさまざまで、この課題を克服するのは難しい。ケアの連続体でのサービスの提供は、政府や自主機関などの公共部門(フォーマルセクター)と、家族や友人、隣人などの非公式部門(インフォーマルセクター)によって構成されている。かつてのアメリカでは、食事や家事のサービスは、インフォーマルなネットワークで提供されていたが、最近では、フォーマルなケアシステムのなかで提供される傾向にある。
高齢者が老後も自分の家やアパートで生活を続けることを、「住み慣れた住居で加齢する」というのであるが、これができるかどうかの可能性は、さまざまな条件に依存している。つまり、非公式なサポートシステムからの援助があること、非公式ケアを補うため、またはそれにかわる公式なサービスへのアクセスが可能で、その提供を受けるだけの資金があることなどである。また、もともと高齢者用住居ではなかったが、年月とともに居住者の大半が65歳以上になったような場合、これを「自然発生の退職者共同体」または「ノークス(NORCs)。とよんでいる。このようなアパートや団地で生活する高齢者も多くなっているのである。調査では、高齢者は配偶者を亡くした後も、住み慣れた共同体での生活を好むことが確認されている。
アメリカでは、高齢者はできるだけ自宅で生活することが望ましいというのが、高齢者をはじめ家族、専門家の間での一致した意見である。各種の公式なサービスにより、高齢者は障害や体力の衰えにもかかわらず、住み慣れた自宅で生活でき、そこで年を重ねることも可能となるのである。
高齢者の自宅における生活維持を助けるための公式なケアサービスとしては、以下のようなサービスが考えられる。
?@ホームケアサービス。
?A住居補修プログラム。
?B共同体単位のケア。
?C共同体サービスへのアクセスを可能にするための輸送サービス。
?D自宅の高齢者をモニターするサービス。
?Eケア・コーディネーションおよび情報照会および照会プログラム。

6.実例
次に、アメリカにおける高齢者用住宅開発の成功例を背景資料(J.L.Howe,H.Clark共著、R.N.Butler資料提供)を基に紹介する。これらの実例は、高齢者のための理想的環境を促進するという原則を、うまく取り入れることができたものとして選択した。
(1)ウェズレイ・ウッズ
ジョージア州アトランタに72エーカーの敷地をもつウェズレイ・ウッズ・センターは、高齢者のための居住用建物3棟と老人病院から成る。特徴としては、1つの敷地内に、独立した生活から看護を要するまでのケアの連続体を提供できる3種類の住宅がある点である。タワーズ・ハウスは独立した高齢者用であり、バト・テラスは、アルツハイマー病患者をはじめとする長期間なケアを必要とする高齢者用として、また、ウェズレイ・ウッズ・ヘルス・センターは171のベッドを備えた看護つき住宅施設である。202戸の独立生活用アパートと支援サービスを備えているウェズレイ・ウッズ・タワー(図2)は、1965年に建てられたにもかかわらず、多くの近代的特徴を取り入れている。たとえば、大きな円形の居住者共有スぺースでは、その利用や備品については居住者自
身が決定でき、また、スタッフは24時間体制で幅広いサービスを提供している。さらに、アメリカで最初の老人病院であるウェズレイ・ウッズ病院では、急性病治療はもちろんであるが、高齢者の精神的なサポートといった完全な形でのケアが提供されている。
(2)フェローシップ・コミュニティ
フェローシップ・コミュニティ(図3)は、ニュ一ヨーク州スプリング・バレーの郊外にある。


図2 ウェズレイ・ウッズ・タワー

高齢者ケアを重視したこのコミュニティでは、日常生活そのものの維持と生活者のケアニーズヘの対応を中心に組織されている。すべての居住看は、ほかの人々のケアに参加し、仕事はすべて居住者またはボランティアが行っている。コミュニティには約200人の居住者がおり、その3分の2は児童を含めた65歳以下の人々で、年齢幅は0歳から103歳にまで及んでいる。コミュニティの財政構造は、自家栽培や自家製品の販売によりほぼ自給自足で成り立っており(図4)、居住者が支払う賃貸料や食事代はほかのケア住宅よりも安い。
また、コミュニティの全員が、活動への参加に個人差はあるものの、その生活様式を自ら選択し、フェローシップのビジョンや考え方を共有している。つまり、死ぬことに対してより前向きで、思いやりのある意識をもっており、受動的ではなく能動的な加齢を提供している。この考え方を基本に、重い病気や臨終の床にある人々は、ビルトップハウスとよばれる部屋で看護を受け、孤立することなく活動の中心にとどまることができるのである。また、居住者は臨終の世話に交替であたり、専従のケア提供者はいない。
(3)セルフヘルプ・コミュニティ・サービス
セルフヘルプ・コミュニティ・サービス社(ニューヨーク)は、高齢者のためのマルチサービスを提供する企業で、在宅ケア以外にもシニアセンター、コミュニティサービス、さらに4つの高齢者用アパート(図5)を運営している・高齢者用住宅には約1000人が居住し、そのうち約200人はサポート住宅に生活している。ここでは、最新の建物に盛り込まれた新しいサービスが、隣接した独立生活者用の古い住宅の居住者にも提供されるようになった。この継続したケアの提供により、住み慣れた住居での加齢を可能にし、高齢者にとっては理想的な環境である。各建物には専従のソーシャルワーカーがおり、幅広いサービスの調整業務を担当している。
また、建物管理に関する意志決定ばかりでなく、建物の枠を超えたより広い活動にも関与するようになり、たとえば道路を横断する虚弱な高齢者のための信号機の時間調整運動もその一例である。このような長年の充実したサービス提供により、ほとんどの居住者が同じ住宅にとどまることができ、養護施設への移動を余儀なくされたのはわずか2%である。


図3 フェローシップ・コミュニティー


図4 フローシップ・コミュニティーでの活動

(4)プロジェクト・リンケージ
プロジェクト・リンケージとは、私が勤務しているマウント・サイナイ・メディカル・センターが進めている高齢者用住宅施設の開発計画である。これは、ニューヨーク市のイースト・ハーレムの低所得高齢者が抱える、住宅、社会、家族、ヘルスケアなどのニーズを満たすためのものであった。同センターは、住宅環境研究グループや社会サービス提供者、住宅専門化とともに計画チームを結成し、アメリカ住宅都市開発省から580万ドルの開発資金を得て、71世帯の高齢者集合住宅を建設しており、1996年末の完成予定である(図6)。
プロジェクト・リンケージは、居住者のプライバシーを守りながら、社会生活、交友・支援ネットワークの形成を目指している。間取りとしては、各階に共同の居間と食堂があり、社会活動や文化活動のプログラムのための共同スペースも設けられている。プロジェクト・リンケージのビジョンには、以下に示す5つの基本的目標がある。
?@プロジェクト・リンケージの居住者間に非公式な援助ネットワークを構築する。
?A居住者間における生産性の感覚を促進する。
?B自主性、独立、自決を高めるよう育成する。
?C非公式および公式なサポート・システムの連結を図る。
?D世代間の前向きな相互作用を促進する。
プロジェクト・リンケージでは、居住者間の援助ネットワークを促進するために、2つのコミュニティスペースや各住居階にあるラウンジのまわりで生活を営めるような独特の設計が施されている(図7)。さらに、1階に広い共同スペースを設けており、より大きな集団活動などに、利用されることになっている。共同スペースが1階にあることで、住居外の相互扶助を促進するコミュニティ活動などにも利用されることが期待される。また、マウント・サイナイでは、現場での医療サービスの提供とともに、居住者のケアニーズの管理も計画している。


図5 セルフヘルプ・コミュニティ・サービスの高層アパート


図6 プロジェクト・リンケージの住宅完成予想


図7 プロジェクト・リンケージの住宅平面図

そしてプロジェクト・リンケージの居住者は、住居に関する意志決定過程に参加することになっており、また、変化する居住者ニーズに対応するための融通性を確保して設計されてもいる。しかし、入居したときには独立できる居住者でも、高齢になるに伴い、急性や慢性の疾病、精神衛生の問題を患う人がでてくることは確実である。多くの設計的配慮がなされているプロジェクト・リンケージでも、重病や障害のある居住者が、建物内で生活を続けられるほどのサービスはまだ徹底していない。そして、どの時点で居住者が退出しなくてはならないかについてもまだ決定されていない。ケアの調整などはソーシャルワーカーが行うとしても、これらの問題は、居住者自身が決定することになるだろう。

7.結論
高齢者にとっての最適な環境には、変化するニーズに対応する柔軟性が必要なのである。これは、今日の理想的な環境が、必ずしも明日の理想的環境にならないかもしれないからである。また、建物の設計や管理は、居住者の利用のために統合され、住み慣れた住宅で加齢ができるように、可動的でアクセスのとれるサービスを提供する必要がある。また、高齢者がコミュニティに貢献できる手段や、コミュニティ全体を当初から設計することで、将来の居住者の加齢に伴う特別な費用を軽減する点などにも目を向けなくてはならない。
今後の重要な課題は、生産的な加齢およびそれを可能にする普遍的な設計を着実に実行することであり、住宅とサービスを効率的に1つの場所で結び付けることである。





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