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おり、新替えを必要とした。船体の改造では, 船の長さの7割に及ぶ張り出し外板を旧船体の両側に新設して二重船側構造(バルジ)とし, 船幅を両舷合計で3m広くして, 砕氷活動中の船の復原力を大きくした。この二重構造のおかげで第2次航海のとき,密群氷に閉じ込められて漂流中, 水圧のため左舷中央部のバルジ外板(厚み25mm)が長さ3m余にわたってバルジタンク内へ湾曲したときも, 主船体には全く異常がなかった。

船首部は砕氷に適するように新造した。バルジで覆われていない外板は, 旧外板の上に二重張り外板を熔接で取り付けて, 合計の厚みが25mmになるように補強し, 船体内部の固めも充分に行った。速力12.5ノットで航続距離15,000海里とするのに必要な640tの重油タンクと130人を60日まかなう410tの清水タンクを,それぞれ後部と前部の船艙下部に設けた。2個のプロペラは水面下のなるべく深い位置で回転させ, 氷塊との衝突を極力避けるようにした。またプロペラの翼厚は規定の22%増しとした。次に船橋楼甲板と船尾楼甲板とをつないでヘリコプター甲板とした。ベル47G型ヘリコプター2機を格納する格納庫を端艇甲板に, セスナ用架台を前部第2船胎上に設けた。また, 端艇甲板左舷に11m救命艇兼作業艇と7.5m救命艇を, 右舷に9mと8mの救命艇を搭載して, 片舷で130名を収容出来るようにした。

灯台補給船のとき67名の乗組員であった「宗谷」は, 南極観測支援業務に就くため, 乗組員77名と観測隊員53名, 計130名を輸送するので,それまでの2倍の居住設備が必要になり, 船室.公室を始め, 烹炊設備, 糧食庫などの拡充をはかり, また第1船胎にガソリン.ドラム缶を, 第2, 第3船胎に雪上車, 基地家屋の材料, 各種観測器材, 越冬用食糧など400tを搭載することとした。第3船槍上部には冷房装置付き犬小屋も設けた。

第1次改造工事は昭和31年2月12日から10月10日まで8ケ月を要して日本鋼管(株)浅野船渠の昼夜兼行の努力によって無事終了した。工事費用は46,730万円で, 当時の国の予算9,914億と比べてこの工事の規模が分かる。

予備観測に向かう観測隊を乗せた「宗谷」は, 昭和31年11月8日東京出港, 32年1月25日南緯69°1.8′東経39°8′オングル島より7海里離れた定着氷に横付けし, 雪上車により151tを運搬し, オングル島露岸地帯に昭和基地を設営することに成功した。2月15日「宗谷」は11名の越冬隊を残してオングル島海岸を離れたが, 16日以降密群氷に包囲されて航行不能となり, そのニュースに国民は大変心配した。幸いソ連オビ号の救援を受けて2月28日氷海を脱出, 4月24日無事帰国した。

 

 

 

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