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さっき『アポロンの地獄』を見ていて侯孝賢が映画には二種類の視点があることに気づいたことを書いた。登場人物の視点と監督の視点。エドワード・ヤンと侯孝賢の映画は、近年ほとんど登場人物の見た目ショットのない、監督の視点から見つめる作風になっている。

ところで、監督の視点にも二種類あるような気が、この両巨匠を比べて考えていると、してくるのである。すなわち、それが監督の視点であることを強く感じさせる、あたかも、その世界の見えない側の片隅に監督がいるかのように、体温を感じさせるものと、その反対に、その世界のどこかに監督の目があることをあまり感じさせないもの。侯孝賢の場合は前者といえよう。彼は72年に映画界入りし、記録係、助監督、脚本家を経て『ステキな彼女』(80)で監督になる現場叩き上げ派だが、ニューウェーヴと係わる前の初期3作は、現場で見習っていた商業映画の普通の作法を踏襲している。『坊やの人形』(83)で外国留学帰りのニューウェーヴの連中と交わるようになって方法論に目覚め、そして自分の少年時代の姿を描き、自らナレーションも読んだ『童年往事一時の流れ』から独自のスタイルを発揮した。この極めて個人的な世界を再体験する映画で独自の視点を発見したことは、その後のスタイルを決定づけたと思われる。ドキュメンタリー『HHH 侯孝賢』の中で彼が映画の視点を「三種類」と間違えたのはまったくゆえのないことではないのではないか。

 

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