日本財団 図書館


2. 啓発キャンペーンに向けて

 

精神障害に関する啓発活動は、これまでさまざまな形で取り組まれてきたが、必ずしも十分な成果を納めて来たとは言えないであろう。たしかに、障害者一般に対する理解は、国際障害者年を契機にした活発なキャンペーン活動により多くの国民に広がっており、総理府が行った4回にわたる世論調査でもその変化が明らかにされている。しかし、精神障害者は、なお一般国民にとって社会的恐怖の代名詞であり、そのために近年ようやく進展しつつある地域型社会復帰施設の建設が困難に直面したり、差別的なマスコミ報道が繰り返されている現状がある。

このような中、実効のある本格的な啓発キャンペーンを今後取り組んで行くためには、これまで経済市場領域でその有効性を高めてきたマーケティング理論を、社会政策領域に適用するソーシャルマーケティングの手法を活用することが考慮できるであろう。

マーケティングのアプローチのうち、最も基本的な方法に対象者の実情を分析した上で、市場を分割してそれぞれの特性に応じて対応を検討するセグメンテーションの方法がある。セグメンテーションには、あらかじめ定めておいた基準に基づいてグループ分けする方法(ア・プリオリな方法)と、消費者の当該商品やサービスに対する態度や行動を基準にし、互いに似た人同士を集めて結果的に消費者を分割する方法(ア・ポステリオリな方法)があるが、本調査研究ではこの二つの側面から有効な啓発キャンペーンの方向性を探ってきた。

その結果、まずア・プリオリな方法では、特に年齢別に精神保健ニードや情報入手経路、受け入れ可能なメッセージの種類、精神障害者受け入れの条件に大きな違いが観察され、年齢別に細やかなアプローチが必要であることが示唆された。

若年層(「20〜39歳」)は精神障害に関する情報が十分伝達されていないが、情報の提供が態度変容に結びつきやすい傾向があることから、積極的に情報を提供するとともに、認知の変更が行動の変更につながって行くよう援助することの必要性が示唆された。

高齢者層(「60歳以上」)は一般に「精神障害者の自律に対する消極的態度(消極度)」が高い。しかし、「テレビやラジオ」という媒体や、相談先としての「かかりつけの医師」が重要であることがわかっており、これらの媒体を用いて、彼らが必要とする精神保健の情報と合わせて(「退職後の生活」「高齢者の介護」など)、精神障害者に関する啓発を進めていくことが重要であると思われた。同時に、彼らが嗜好するキャッチフレーズは、「人間らしく生きたい」など、社会的弱者の側面を持つ高齢者への理解を求めるとも見られるものが多いため、同じく社会的に弱い立場におかれている障害者たちに対しても共感できる方策を検討していく必要があると思われた。

一方、ア・ポステリオリな方法では、消極度と社会的距離、そして実際の援助行動の経験によって5群に分けて、それぞれに有効なアプローチの方法を検討した。その結果、社会的距離に関わらず消極度が高い2群には、共通して十分な知識を伝達することがまず重要であるが、その際、消極度が低い人たちが持つ精神障害者に対する肯定的なイメージ(「気を使う」「正直」「やさしい」「敏感」など)を合わせて伝える工夫が必要であると考えられた。また、消極度が低く社会的距離が小さい対象層に対しては、肯定的なイメージを実際の行動に結び付けることを考慮する必要性がある。これらの群の精神障害者との接触体験は比較的少なくないことから、そのような触れ合いの中でちょっとした援助行動が取れる機会を作っていくことが重要であると考えられた。

以上の指針にしたがって、今後、モデル的・試行的に啓発キャンペーンを行うとともに、その成果を科学的に検証することが望まれる。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION