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第??章 病名問題について

病名についてのイメージとその背景

 

1. はじめに

 

一般に精神障害が社会からの迫害を受けやすいことは、伝染病などと同様であって、疾病の結果が直接に周囲に好ましからぬ影響を与えることに由来するという一面がある。しかし伝染病でも精神病でも、それが深刻な問題として社会からの忌避の対象となったのは、ヨーロッパにおいて城壁に囲まれた近代的な都市が発達し、かつ産業の発達によって都市人口が急増した頃に一致する。というのも精神分裂病を中心とする精神疾患の急性期に見られる興奮は、今日では誰でも知っていることだが、周囲の環境によってその程度を著しく変化させるからである。具体的には、狭く劣悪な社会環境の中では患者の不安が増強し、また周囲から好ましからぬ刺激を受ける機会も増える。周囲の人間にとっても、病状の悪化した患者と近い距離で接することは一種の不安を呼び起こしたものと思われる。その結果として精神疾患の患者は、今では悪名高い存在となったアサイラムという名の収容施設に次第に押し込められていくのだが、その施設自体が、社会の中に見られていた劣悪な精神衛生環境をさらに増強させたものであった。

劇的な変化が訪れたのは、フランス大革命の後である。ピネルが患者を鎖から解き放ち、その精神を受け継いだエスキロールは患者への人道的な処遇こそが最善の治療であることを実践した。19世紀にイギリスで盛んとなったいわゆる道徳療法では、患者を人間らしく扱えば人間らしくなるのだという、ごく当然の理解のもとに、読書、午後のティータイム、軽作業、刺繍などの日課が組まれ、ある意味では今日の日本の平均的な治療施設よりも遙かに進んだ、良好な保養環境が実現していた。驚くべきことにこうした道徳療法は、当時の最新の医学的な治療行為と見なされており、現代まで続く名門の医学雑誌ランセットにその特集が組まれるなど、時代の花形的な存在ですらあったのである。

しかし精神疾患が時代のスティグマに曝されやすいという事情が、根本的に改善したわけではない。費用がかさむことと、精神疾患が進化への逆行であるかのようなダーウィンの進化論の曲解によって、この療法は20世紀になると次第に熱気を失っていったのである。しかしその精神は、戦後のイギリスを初めとする社会療法の治療活動の中に受け継がれてはいる。

こうした経緯を見ると、精神疾患に対する社会の見方というのは、疾患それ自体の性質によるというよりも、時代の支配的な価値観や社会環境に大きく影響されていることが分かる。その事情は今日でもあまり変わっていない。戦後の日本の精神疾患患者の処遇の歴史を見ると、高度経済成長期にあわせるかのように収容型の精神病院が急増しているが、これはヨーロッパにおける都市化の歩みを想起させる。異なっているのは、日本でのその

 

 

 

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