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日本の選択:海洋地政学入門

海軍力に関する諸外国の事例

 

平間洋一(防衛大学教授)

 

は じ め に

わが国は第2次大戦に敗れて国富の大半を失ったが、持ち前の勤勉さと有史以来の平和に恵まれて、世界有数の経済大国へと成長した。しかし、日本人の海に対する思考は陸岸から遠く離れた外洋(Ocean)には及ばず、この繁栄が海洋の持つ輸送力、海洋の持つ資源、安全保障に対する寄与など、海洋の数々の恩恵に支えられてきた事実を理解している者は少ない。特に、日本では領海外を行動し、わが国の安全保障や国際関係に直接的影響を与える海上防衛力の主体である護衛艦の運用には種々の制約を加え、国家の繁栄に不可欠なシーレーン(Sea Lane)の安全を確保し、平和維持活動など多様な機能を発揮する海上自衛隊の適切な利用を拒み続けて来た。確かに、コロム(Sir Philip Colomb)少将やマハン(Alfred Thayer Mahan)少将によって開花した海軍戦略は、強大な海軍力を背景とした力による攻撃的・帝国主義的な色彩が強く、専守防衛しか許されないわが国では、本来的な意味での海洋戦略を論ずることは国情から困難であった。しかし、海洋力や海軍力は海洋国たる日本の繁栄や、安全を考える場合に不可欠な最も重要な要素である。そこで、本論では政治的制約を離れ、諸外国を例に、海洋力や海軍力の特質や価値などについて述べてみたい。

 

1 海洋の特性とその価値

(1)海洋の連続性

寛政の昔に「江戸日本橋の水は英京ロンドンのテームズ河に通ず」、と林子平が喝破した海洋の連続性は、時代を経た今日でも変わらぬ真理であり、海洋の第1の価値は交通路としての価値であり、海洋の存在するところは、どこへでも安価・多量の物資を容易に運び得ることである。第2次大戦までは、資源の有無と内陸交通の難容(鉄道や道路網の有無)が、近代国家発展の基本的要件であった。しかし、科学技術の進歩はコンテナー船、LPG船、ラッシュ船や、機動力の高いトラックと安い運賃の長距離カーフェリー、超大型タンカーとシーターミナル(CTS:Central Terminal Station)を組み合わせた、新しい海上輸送システムを出現させた。そして、陸上輸送や航空輸送に対する海上輸送の優位を圧倒的なものとし、現在では資源の有無よりも海上輸送の難容、特に港湾の良否が国家の発展を左右する大きな要素となった。

 

 

 

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