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自覚しなくてはならない。あるいは、それは「個人」を大切にするとしても、西洋近代に生まれた個人主義とは別の考え方であることを、明らかにしなくてはならない。

日本人の多くは、この問題を不問にして個人主義の真似をしているので、そこから、日本の家族、社会のなかに実に多くの問題をかかえる結果になっている。それでも、何とか欧米の個人主義と日本の「世間様」や、「存在」の信仰(と言ってもほとんど無意識であるが)などをあいまいに両立させて、危険を回避している人たちもいる。

アメリカにおいては、利己主義の抑制としてのキリスト教の力が弱まるにつれて、法律に頼ることが多くなっているように見える。このことは訴訟が急増し、弁護士の職業が重要になりすぎるという効果を生んでいるのではなかろうか。日本もこの道を歩むことになるのかも知れないが、あまり好ましいとは考えられない。もっとも、現在の日本の状況は訴訟が少なすぎると言えるだろう。

仏教の考えを取り入れて、日本的な、あるいは新しい個人主義を考えていくにしても、このことを英語で論じるのは大変難しい。というのは、individualという言葉自体が、発想の根本にdivideという機能があることを示しているからである。仏教のように、むしろ、関係の方を優先して考えていくと、each personという言い方をするにしてもindividualともいう発想はないし、individualityとも言い難い。そんなときの「個性」を英語でどう表現するかということが問題になるだろう。

考え出すと難しくてわからないことが多く、日本において個人主義がどのようになっていくのかは予見すら許さないようにも思われる。

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かわい・はやお

国際日本文化研究センター所長。1928年生まれ。臨床心理学者。京都大学理学部数学科(旧制)卒。米国カリフォルニア大学心理学部大学院卒。スイス国ユング研究所、京都大学教育学部教授などを経て1995年から現職。大仏次郎賞(第9回)、紫綬褒章(平成7年)、NHK放送文化賞(平成7年度)等を受賞。著書に「コンプレックス」「中空構造日本の深層」「昔話と日本人の心」「明恵夢を生きる」「心理療法序説」「とりかへばや、男と女」などがあり、平成6年より「河合隼雄著作集」(全14巻、岩波書店)が刊行中。

 

 

 

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