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たときは恥ずかしながら血の気が引いてしまった。そんなこともあって、今回いよいよ自分がメスをもって解剖をすることに、不安と抵抗がないわけではなかった。

しかし、御遺体と対面する日はやってきた。御遺体は、遺体パックの中に、白い布に包まれて安置されてあった。解剖用のゴム手袋をはめ、白い布をめくったとき、ふっと、「献体をする、というのは本人にとっても遺族の方にとっても、大変勇気のいる決断だっただろう。」と今更ながら強く思った。まだ医者の卵とすら言えないような、未熟な私たちを一人前の医者にするために、とその体を提供して下さった方々の志を無駄にするようなことだけはしてはいけないと思った。

そうして、解剖の忙しさに追われる日々が始まった。最初は、どれが動脈でどれが静脈で、どれが神経なのかの区別もつかず、「Dissect the skin」(皮膚を切開せよ)と言われても、どれくらいの深さで切ればよいのか分からず、ごく初歩的な構造を同定するのにも四苦八苦した。初期のときに、誤って頸動脈を切ってしまって中に残っていた血液が流れ出してきたときは、正直言ってかなり精神的にきつかった。同定すべき血管や神経がなかなかみつからず、いたずらに時間ばかりが過ぎてついついイライラすることもあった。私はどうも空間的にものごとを記憶するのが苦手なのか、この筋肉がどこから始まってどこに停止しているかとか、この神経がどこをとおって、何を支配しているかなど三次元的に把握するのに苦労した。この、三次元

 

 

 

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