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解剖実習感想文

 

川尻 英子

「解剖実習を体験することになったらご遺体に話しかけてみなさい。きっとその方の人生や魂が見えてくるはずだよ。」

これは、私が医学部を目指して勉強していた高校三年生のとき、恩師から言われた言葉です。人間の死というものを間近で触れた経験のなかった私には何とも不思議な言葉でした。私は医学部入学後もその言葉を心の片端におき、二年生の解剖実習をむかえました。ご遺体と初対面するまでは、シートに覆われ沈黙なさっているご遺体に、正直なところ少なからず恐怖心を抱いてしまいました。しかし対面後はそのような気持ちも吹き飛び、あの言葉を実行してみようとご遺体のお顔をじっと見つめました。その方は男の方でしたが睫の長い、優しく穏やかなお顔をしていました。また、手足はとても逞しく力強い感じがしました。きっといつも仲間や家族に囲まれ笑っていただろう、きっと子供好きだったのだろう、などとたちまち私の心の中でその方は魂を持って生き始めました。非常に驚いたことは、人間は睫の先、口元、顔の皺など体の細部のひとつひとつに「生」が濃縮されて染みついている、ということでした。まだまだ若い私達には計り知れないような多くの経験がそこにあふれているのでした。

私は感謝と尊敬の意を毎日その方に伝えつ

 

 

 

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