日本財団 図書館


たまかれて [父 貝瀬幸咲を偲んで]

貝瀬 高志

平成四年九月三十日母が亡くなった際、父が「俺の時と連絡先などは同じでよいから……」と参考メモを私に渡した。最初の頁に「献体のこと宜しく頼む」と書かれていた。親戚や知人の名前でなく、最初の連絡先に新潟大学医学部が書かれてあったことに、驚きとある種の感動を覚えた。

父が献体登録をしたのは教員を退職した後で、私は未成年だったような気がする。その時は「未成年の同意が必要なのかな」程度にしか考えなかった気がするが、その記憶がメモを見せられて朧げに蘇った。

参考メモの最後には「母さんと私の墓を次のように建ててください」と書かれていた。「小さくてもよいので二人きりの墓にしてください」。このメモにも驚きと感銘を受けた。

明治三十五年生まれで学校教育は小学校までしかない父が、検定で教員資格取得後、戦時中の県外赴任を含めかなりの期間家を空けている間、田畑を耕し、近所付き合いを含め、父を支えてきた母。父がだれを一番愛し、何のために心血を注いできたか、やっと判ったような気がした。

残念ながら、私自身は「献体しよう」という意志はまだ持てないが、教育(他人)のため尽くしたいと最後まで思っていた父の遺体が、少しでも役立てば幸いと思っている。

父と母の墓石には、

『たまかれてすてるほかなきわがむくろ   やくたてもらえけんたいとやいう』

という父の句が刻まれている。今年の十月三十一日(父の一周忌)に、母に「もうすぐ父さんと水入らずだよ」と報告した。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION