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秋元勇巳
ジルバーマンのオルガン

 

古都ドレスデンから小一時間も車を走らせると、静かな大学町フライベルグに着く。この町で十二世紀初頭豊富な銀鉱脈が発見され、ゴールドラッシュならぬ、中世期版シルバーラッシュが巻き起こった。山命が衰えを見せ始める今世紀まで、町はザクセン王国のドル箱として栄えに栄えるのである。嘗ての栄光と技術の高さを物語るのが、不世出のオルガン製作者、ジルバーマンの手になる大小二つのパイプオルガンである。彼の生家にほど近い、八百年の歴史を持つ教会には、二百八十年も前に作られたこれらのオルガンが、今なお現役で活躍している。東西ドイツ統合の直後、提携先の計らいでその美しい響きに接する幸運に恵まれた私は、たちまちジルバーマンの虜になってしまった。何という人間的な音色であろう。人を暖かく包み込んで離さない。しかし案内してくれた研究所長の話は意外であった。十八世紀初頭の製錬技術では、鉱石に合まれた徴量元素が除ききれず、かくしてパイプ材に残存することとなった“不純物”が、あの徴妙な音色を作り出しているというのである。枝術の限界が、最高の音質を生むための欠かせない要因であったとは現代技術にとって、これ以上痛切なアイロニーはなかろう。ジルバーマン以降、彼の響きを超えたオルガン製作者はいない。今なおその至高の響きを求めて、フライペルグには世界から音楽巡礼の列が絶えない。
(あきもとゆうみ三菱マテリアル株式会社社長)

 

 

 

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