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川柳エッセー

川柳の遺伝子

今川乱魚
今世紀に細胞や遺伝子の研究が進み、ゲノム(一個の生物を作るのに必要な最小限の遺伝子セット)の働きが解明されるようになってから、ヒトの遺伝子全体の中で他の生物、例えばネズミとヒトを区別する遺伝子の割合は意外に小さいことが分かったといわれる。つまり、ヒトとネズミにもかなり共通の遺伝子がある。しかも、ヒトの生存には、ネズミも意味がなくはないとのことである。
十九世紀にダーウィンが進化論を唱えてから、生物の種は個々に創造されたものではなく、きわめて簡単な原始生物から進化したものであるという説が文化や道徳の観念にも取り入れられ、適者生存、自然淘汰といった進化の発想がいろいろな分野の研究でも応用されてきたように思う。
川柳の史観についてもこうした進化論的な解説がなくはない。古川柳的な人情の客観描写から新傾向川柳の主観的抒情へ、さらに新興川柳の社会思想表現、俳句短歌的詩性、女性作家の量的増加と情念指向、超現実主義的抽象表現へと、時代の変化にともない、あるいは内外の文学的思潮の変化につれて、川柳にも様々な主張と形が出てきている。
だが、このことと、古い詩形は遅れていて価値が低い、新しいものは上等で価値が高い、というような進化論的な見方とは別個の問題である。特に伝統川柳とか既成川柳というくくり方をして、一段低いものと見るような論調には賛成しかねている。川柳という文芸を維持、発展させる民衆の活力は、伝統や既成の中にも多く見られるという視点が大事だと思う。客観描写でもよいものはよいし、主観表現でも粗末なものはよくない。その逆もある。
私は、川柳は多様であってもよい、むしろ多様でなければならない、と考えている。それは「人間諷詠」の人間そのものの多様性にも関わりがある。人は笑ってばかりはいられないし、悲しんでばかりもいられない。同じ人間が笑ったり泣いたりするのであるから、笑いの感情が下等であり、寂しさの感情が上等という問題でもない。
また、誰にでも分かりやすく読者に心の平和を与える川柳があるかと思えば、特定の仲間にしか理解できないが、その人たちの間では心を強く揺さぶられるという川柳もある。どちらの川柳を作るのも読むのも自由であり、上等下

 

 

 

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