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第2回観光に関する学術研究論文の審査を終えて

 

審査委員長 東京大学教授
西村幸夫

 

(財)アジア太平洋観光交流センター(APTEC)が主催する第2回観光に関する学術研究論文の審査が1996年12月から翌97年1月にかけておこなわれた。20編のいずれ劣らぬ力作が揃った今回の審査は応募者の熱気を反映して大変白熱したものだった。審査委員長として審査の様子を振り返り、入選作を中心に感想を述べたい。
審査はまず集中して検討すべき10編前後の論文を各審査委員にそれぞれ推薦してもらい、推薦者数の少ない論文からふるい落としていいかどうか1編ずつ確認して、合計12編を選別し、選ばれた12編を1編ずつ詳細に検討することによって進められた。続いて奨励賞侯補として残すものを議論し、さらに上位の賞の侯補たり得るものの検討に入った。
第1席となった真板昭夫氏ほか3名による論文「ナショナル・トラスト・エリアの観光利用に関する研究」は英国タイムズ紙に掲載された1編の記事をもとにその真偽を探ることを通して日本人観光客の行動の実態と現地の受け止め方を実証的にまとめたもので、題材の取り方から現地調査の方法まで新鮮な問題意識のもとにまとめられており、審査員の満票で第1席が決まった。
第2席となった加藤弘治氏の論文「小規模旅行業者の生き残りとめざすべき方向性」は、小規模な旅行業者はユニークな発想で生き残りを目指すべきであると力説するダイナミックな論旨が魅力的な論文である。同じく第2席に選ばれた小濱哲氏による「人材育成の考え方」は沖縄の観光産業が地元雇用を創出している実態を長年に亘る実態調査をもとに明らかにしたもので、その手堅い手法と学問的な完成度が高く評価された。
今回惜しくも選にもれたが、西田佳弘氏ほか1名による「国際観光の架け橋としてのインタープリターの重要性」は、在日外国人を日本の文化の総体を外国人観光客に紹介してくれるインタープリターとしてとらえた興味深い論文として推す声が多かった。
35歳以下の若手を対象とした奨励賞はいずれも基礎的な調査や文献レビューが確実におこなわれている堅実な論文に対して贈られた。長谷川明弘論文はイングランドの観光地整備を都市農村計画法との関連で検討したもので、観光と法制度との関連を研究する際の有用な方法論を提示している。朝水宗彦論文はオーストラリアのサステイナブル・ツーリズムの現状を綿密な文献研究によって裏付けている。垣内典之論文はベトナム・ホイアンの町並み調査をもとに町並み観光のあり方を提言しているもので、途上国の困難な状況の中で綿密な調査を実施し、地に足が着いた提言をおこなっている。菊地直樹論文は地域環境保全との関わりの中で観光開発一般を論じるというスケールの大きなもので、目配りの利いた指摘を評価する声が高かった。今回残念ながら受賞を逸したものの、田村武論文は観光の場として動物園を捉えてその歴史を論じたもので、ユニークな着眼点を評価する意見も多かった。
総じて熱のこもった力作が多く、テーマも一般論から地域研究まで幅広く、分野も社会学から法学、建築学、都市計画学まで多様であった。応募者も実務家から民間シンクタンクの研究者、大学の教員、大学院生まで多彩で、観光が「学」として根付いてゆくさまを審査員のひとりとして目撃しているような興奮を覚えた。応募者各位の今後のさらなる奮闘を期待したい。

 

 

 

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