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邦国家としての一体性が強調されている(図表1,2)。

しかし、こうした連邦構造になるについては、さまざまの激しい議論を経ることとなった。憲法制定時の議論について、トゥマーノフが指摘するように、「主権のオンパレード」という政治状況のもとで、憲法による連邦制か条約による連邦制かが問われ、主権をもつ共和国とそうではない州や地方という不均衡な構造を連邦制の一般的要請(構成主体の同権、連邦法の優位、市民の同権)のもとに再編しようとする志向と、主権国家の条約による連邦国家への転換を求める志向とがぶつかり合った(10)。93年憲法制定にむけた93年11月初頭というぎりぎりの段階まで、たとえばエリツィン自身が構成主体の「主権性」を書き込むことにこだわっていたように(11)、この問題は相当に微妙な位置にあったといえそうである。結果的には、すべての構成主体は同権であるとし、そのうえで共和国のみを「国家」とするものの、州や地方と「同権」のものとして国家権力機関の統一的体系を構成する、という一種の妥協が成立した。しかし、後にも見るように、共和国の現実を考えると、ロシアは非対称的な連邦構造になっているといわなければならない。また、この連邦構造において、「主要な住民」の存在に着目する国家形成の原理、すなわち民族的要因における優越性という議論につながる原理には、人権保障や民族の平等といった観点からも一定の危険性が指摘されていることに留意しておきたい(12)。

(2)権限区分条約と「権限区分法」草案について

連邦制をめぐる議論と連動しながら、こうした連邦の構成主体と連邦中央のあいだの権限をめぐって、92年の連邦条約締結以来、激しい綱引きが行われてきた。各構成主体は、その支配層の利権もからみ、できるだけ自前の権益を増大させようとする。その結果、92年連邦条約、93年憲法、その後の個別的な権限区分条約のあいだ、そしてこれらの権限区分条約の相互において、いくつかの食い違いや矛盾が生ずることとなった。このことは、連邦構造の根幹にかかわる論点であって、こうした矛盾にもかかわらず、それなりに機能もするというロシアの政治のあり方の基底部分をなしている問題でもあるといえよう。

しかし、にもかかわらず、これらの権限区分条約は、行政協定であるとの位置づけから、法的規制は事実上なされていないし、議会のコントロールも及んでいない。構成主体の側では、それぞれの公報などでこの権限区分条約や権限区分協定(連邦を一方の当事者と、もう一方の当事者が州や地方など共和国以外の場合は、協定と表現されるのがふつう)を公表し、ところによっては対応する議会で批准を行なう場合もあるが、連邦のほうでは、大統領が調印するものの「官報」には記載されず、連邦議会の批准もない。たとえば、サンクト・ペテルブルグ市と連邦との権限区分条約は、市議会が承認し、条約にかんする法律として採択されている(13)。

 

 

 

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