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他に、「二重の従属」をソヴィエト執行委員会の部局と当該執行委員会、さらに上級ソヴィエト執行委員会の監督部局の三角関係を律する原理であるとする理解もある。ジェリー・ハフとマール・フェイソンドは、次のような例を紹介している。「市教育部は、当該市ソヴィエト執行委員会と州教育部の双方に従属する」(Jerry F.Hough and Merle Fainsod、How the Soviet Union is Governed(Cambridge:USA;1979)P.490).しかしながら、筆者は、ロシアの地方指導者が「二重の従属」概念をこの意味で用いるのを目撃したことがない。

(9)これに関しては、次のような例があげられる。ヴォルガ中流に位置するサマーラ州には、州都サマーラとヴォルガ川を挟んでジュグリという風光明美な自然公園がある(同じくサマーラ州のトリアッチ自動車工場で生産される有名な大衆車「ジュグリ」は、これにちなんで名付けられた)。この自然公園はジュグリョフスク市に属している。1990−91年、州ソヴィエトは、ジュグリー帯の環境を保全するために、ここへのサマーラ市民などの別荘建設を制限し、ここでの採石を規制する条例を採択した。これに対し、ジュグリョフスク市ソヴィエトは地域経済への配慮を優先させて、従来通り別荘建設と採石を認める決議を採択した。ジュグリョフスク市ソヴィエト執行委員会は、「二重の従属」原則の下で、市ソヴィエトと州ソヴィエトのいずれの決定を執行すべきか判断しかね、文字通り板挟み状態に陥ってしまった(上級ソヴィエトは、下級ソヴィエトの決定が法律に反する場合のみ、それを廃棄しえた)。このような紛争は、共産党組織が健全ならば、州党委員会と市党委員会の間の調整により解決しうるものである。両者の間で意見が調整しかねる場合は、共産党の場合、集権的に(つまり、州党委員会の意見が通る形で)問題は解決されることになっていた。共産党組織には「二重の従属」のような無政府主義的な原則は適用されなかったからである。しかし、サマーラ州のような都市化が進んだ州においては、往々にして、1990年春の地方ソヴィエト選挙以後、党組織はソヴィエトに対する影響力を失い、党組織そのものの規律も消滅していた。

(10)“Zemskie Finansy.”Entsiklopedicheskii slover':Brokgauz i Efron,tomXIIA(1894),pp.514-531.

(11)A.A.Yartsev,“Zemstvo sevsro-zapadnykh gubernii Rossii/1864-1904/,”Dissertatsiia na soiskanie uchenoi stepenikandidata istoricheskikh nauk(Sankt-Peterbrgskii filial Instituta rossiiskoi istorii RAN,1995),p.22-23。

(12)当時の府県会が天下国家のみを論じて具体的な地方行政の問題に無関心であることに対する危惧が、山縣有朋らをして地方制度改革を急がしめたことについて、次を参照:亀掛川浩『明治地方制度成立史』(柏書房、1967)pp.4-7.

(13)逮捕された「地区」行政長官に汚職の事実があったことは真実であるようだが、それは既に1996年始めの時点で明らかになっていた事実である。なぜわざわざ大統領選挙の第1回投票のあとまで泳がせておいたのかという疑問が当然にもわく。

(14)詳しくは、次の拙稿参照:「『行政府党』とは何か」『スラブ研究センター研究報告シリーズ』No.56,pp.10−42。

(15)G・ジュガーノフは、この状況を指して、ゴルバチョフをはじめとするソ連共産党指導部の「奇妙な無策」とよんでいる。

(16)A.B.Shatilov,“Put'k'partii vlasti':regional'nye elity Rossii 1987-1996gg.,”“Novaia”Rossiia-policheskie realii i mify(Moskva,1996),pp.47-55

(17)John F.Yyoung,“Local Self-Government and the Russean State”(Paper presented at the 27th National Convention of the American Association for the Advancement of Slavic Studies,Washington,DC,Octover 28,1995)

(18)この事情は、戦後日本の地方制度改革において、首長直接公選制の導入と機関委任事務の存続とが抱き合わせであったことによっても確証される。単独責任制なしに命令一元制はありえない。

 

 

 

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