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3. 改良油処理剤の試作及び試験法

我が国の油処理剤の型式承認制が開始されたのは、昭和48年7月である。油処理剤を使用した油流出事故事例としては、昭和46年(1971年)11月に、「ジュリアナ」号が新潟港外で座礁してオマーン原油約7,196klを流出した事故が挙げられるが、当時の油処理剤は、芳香族からなる溶剤と界面活性剤との組み合わせで、毒性が強く問題となった。
このため、昭和46年12月の閣議において、化学剤についての政府の管理取締り体制の点検及び整備のための必要な調査を行うための関係各省連絡会議が内閣官房に設置され「化学剤の管理取締り体制について」(昭和46年12月24日官房長通達)が出された。その後、油処理剤等については運輸省が担当省庁となり、「流出油処理剤の使用基準について」(昭和48年2月2日運輸省官房長通達)が出され、昭和48年の7月の海防法の一部改正で排出油の防除のための資材の義務付けが行われ、備えるべき油処理剤の基準が規定され、今日に至っている。
しかし、現在の油処理剤は、生物に対する低毒性をセールスポイントに開発されており、一般的にいえば中質油にはそこそこの性能を示すが、C重油、高粘度油等の重質油には全く効果がないものである。
海上に流出した油は、時間の経過につれて低沸点成分は蒸発するが、中・高沸点成分は海水を取り込んで油中水型のエマルジョン、すなわちムース化油を形成する。ムース化油の形成速度は、油の粘度、海況等が関係するとされている。波の中の油の動きによって、油に水滴が取り込まれる速度が加速され、ムース化油の粘度は次第に高くなるとともに体積も増大する。
現在の油防除方法としては、機械的な回収及び油処理剤による分散処理がある。平成2年(1990年)1月に発生した「マリタイム・ガーデニア」号座礁事故で流出した大量のC重油等燃料油の防除においてみられたように、季節風と荒波等によりムース状となって海岸付近の岩場に漂着してしまい、岩の間に入り込んだ油の回収・処理には、最終的には人海戦術によるひしゃく、スコップ等の道具を用いる方法により対処せざるを得ないのが現状であった。
この事故を教訓にして、C重油等粘度の高い油を乳化分散できる油処理剤の開発、

 

 

 

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