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2.2 OTCテクニカルセッション

2.2.1 OTC7955 The Growing Importance of 3-D Seismic Technology M.Schoenberger,Exxon Production Research Company

 

はじめに
3−Dサイスミック技術は、ここ2−30年に開発されてきた最も重要なE&P技術だといえる。この技術の重要性は、その適用例が指数関数的に伸びていることからも分かる。図1は、Exxonによるこの技術の使用の伸びを、カバー面積及び投入金額で表したものである。この驚くべき伸びは、何に依るのか。このまま伸び続けるのか。
本稿では、年代順に、どのように3−Dサイスミック技術が開発され、現在はどういう状況にあり、今後より有効にするためにどのように変えていく必要があるのか述べる。
草創期
図1より、3−Dサイスミック探査は、1970年代の中頃に始まったのが分かる。しかしながら、当時使われた技術は、そのれまでの10年に開発された技術である。当然、多くのグループが3−Dサイスミック探査を成功させるのに貢献したが、私の考えでは、初期の3つの仕事がほとんどである。1)Exxonは、1960年代にexpanding wavefront3−D seismic imaging技術を開発した。その最も一般的な方法では、ジオフォンの並びはショットホールの並びと直角に配置される。ジオフォンのアレイで検知された各ショットは海底下の線を照射し、そして、全てのショットが記録され、四角い海底下の領域が照射される。
ショットの記録は、映画フイルムに撮られ、Exxonの開発したファイバーオプティックビューワが、与えられた到達時刻の記録データを、全て取り出して表示した。すなわち、この出力は、地震波場の一連の時刻断面である。図2は水平な層からの、一連の反射波波面を示している。1680msでは、中心の点が、最寄りのオフセットに到達した反射である。1800msでは、最も遠いオフセットに到達している。もし反射体がへこんでいれば、波面は同心円にならない。また、反射体に断層があれば、半径の違う2つの半円を構成する。このExxonの仕事は、1970SEGで発表され、1972GEOPHYSICSで論文となった。
2)1970年代初期、当時、著名な地質調査会社だったGSIは、Seiscropを開発した。これは、サイスミックデータを平面上に表示する手法である。Exxonの発表で示唆を得たGSIは、ショットレコードを通してではなく、処理された2−Dサイスミック断面を通して、時刻断面をつくった。波面ではなく、反射波を平面的に表示した。1970年代では、まだディジタル技術はまだかなり新しく、GSIの研究者は、時刻断面をフイルムに撮り、Exxonと同じ表示媒体を使用した。表示は、Seiscropの表ではアナログであった。これは、現在の会話型ワークステーションの先駆けである。
3)1973年に、フランスが3−Dサイスミックマイグレーションの有効性を、明らかにした。1つの断層と2つのドームのあるモデルを水槽に入れ、音響データを採った。図3に示すその線は1つのドームを横切り、もう1つははずれており、断層は横切っている。
図3の中央部は、2−Dマイグレーションでは双曲線効果が薄れているが、イメージは不正確である。それは、断層からの面外の回折波と同様にドーム近傍からの面外の反射波も含んでいる。図3の下部では、全データセットの3Dマイグレーションは、1973年当時の技術で、記録線の下の地質を見事に表している。
3−Dサイスミック探査11975−1995
3−Dサイスミック探査は、1970年代中頃までに十分認知されるようになった。サイスミックデータのグリッドは習慣になり、最も初歩的な形ではあったが、3−Dマイグレーションは使われだし、時刻断面と垂直断面は解釈されるようになった。
そして、その次の20年、1975年から1995年

 

 

 

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