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1. まえがき

船舶による海上輸送は、重量、容積、面積の許容量の点では、他の輸送手段が追随できない特徴を持っている。この3点は輸送の本質であり、総て水の許容量の大きいことを活用したものであるが、その反面、水を利用することにより、速力が出し難い、波浪により動揺が大きく、かつ動揺が低周波であることから「船酔い」が発生し易い等の難点がある。
人間、貨物の時間価値の向上に伴い、海上輸送の速力向上は図られているが、3大特徴、特に重量の特徴を保持しながらの高速化を達成しなければ、船舶輸送の特徴が失われることになる。この問題は最近の高速船の発達により改善されつつある。動揺軽減に関しては、減揺装置はあるものの、横揺れを軽減するものだけが実用化されているが、上下揺その他の動揺に関しては船型設計に頼る以外に方法がない。
従来、「乗り物酔い」の研究は各種の輸送機関について行われ、船舶についても数多くの研究が実施された。しかし、殆どの研究が変位、加速度等の外的刺激の物理量尺度と「酔い」を直結したもので、その間に介在する生理的、心理的な要因に触れたものは極めて少なく、「乗り物酔い」は依然未解決のままである。
一方、最近の船舶運航は高度な制御システムに支えられ、これ等はマン・マシンシステムの典型として、人間の能力もマシンと共に向上しなければ成立しない。この観点から、「船酔い」防止は従来の乗客の乗り心地確保のみならず、乗組員の能力保持、運航の安全確保のための重要な要因になって来ていると言える。
平成6年、(財)シップ・アンド・オーシャン財団に設定された本事業は、これ等の社会事情を勘案し、従来行われた変位、加速度等の物理量だけではなく、生理、心理諸因子をも計測して総合的に「乗り物酔い」のメカニズムを解明し、生理限界を求めると共に、経済性を保ちつつ船型的に動揺軽減の限界を求めることを目標に設定された。
平成6年度は既存の研究実績の調査、生理計測機器の整備から着手したが、3年間を通じ、計測項目は動揺刺激、脳波、心電図、血液、表情、乗り心地、疲労感等とし、動揺発生は船体動揺模擬装置、実船、実機(列車、遊戯装置)を用いた。これ等の計測結果は数多くのアンケート調査による心理要因と共に解析し、乗り物酔いのメカニズム解明に努めた。これと共に、典型的な船型として、単胴船、高速艇、双胴船の3船型に就いて、系統的理論計算、水槽試験を実施して動揺軽減の限界を求めた。
本事業は従来の工学部門の範疇を超え、「工学と医学が共通の目標」を持った世界初の本格的共同研究であり、医学関係有志のご協力に支えられたものである。3年間に亘る各調査、研究の詳細は次章以下に記載した。
最後に、本事業を行うに当たり、運輸省、(財)日本財団、大学、関係研究所、関係団体、関係海運造船会社の各位及び医学関係有志のご協力、ご指導に厚くお礼申し上げる次第である。

 

 

 

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