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りました。何故ならば私達が生まれた時は歩くことも出来ないし、自分で服も着れないし、自分でお手洗いも出来ない、言っていることも分からない、しゃべれない、重度の障害者でした。けれども2歳、3歳、4歳になってきますと、だんだん話が出来、歩きが出来、おトイレが出来るようになって行く。そして障害がないという存在と呼ばれますけれども、また年をとってまいりますと足腰が弱くなったり、あるいは目が遠くなったり、あるいは耳が聞こえなくなって参ります。ですからそういう意味では、私達みんな障害を状況によって持つということになると思います。
 私なりに障害のことを、今度の地震のことで少し考えてみました。その表を見て頂きたいと思い
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  ますが、これは人間を真ん中に置きまして、家族、地域、経済関係、企業、日本、地球、エコロジー、これはマクロの社会、私達が存在しているマクロの社会です。人間から左が人間の心臓、腎臓、肝臓だとか、そういう人間の器官、細胞、DNAというような遺伝子の関係のことをミクロの領域と言っています。
 今度の震災というのはこのエコロジーのレベルで、要するに地球のマグマが緊張感を持ってそれがずれて不調和を起こしました。それが地球、日本、経済社会、この宝塚市や阪神地区、そして家族も壊れる、私の家族も震災がありましたので、息子2人と別々に1年間住んでいました。私の2人の息子はカナデイアンアカデミーに行っていましたので、私は震災後は宝塚に住んでいましたので通えないので、1年間家族もバラバラに住むという不調和を起こしました。
 そうすると私達人間というのはいろいろなストレスが病気をつくります。この病気とストレスの関係というのは、ここでちょっと図を見て頂きますが、この図で見えますように、大きな地震というものが私達の社会を揺れ動かす、そしてそれが学校だとか、企業、あるいは福祉の施設、それを全部揺り起こして、その当時は学校機能も止まったし、福祉サービスも止まったし、行政機能も止まってしまったのです。
 実際、私は地震があった時から障害を持った人達の仲問の救援に入ったのですけれども、福祉事務所の人達もみんな被災して福祉事務所を通じても何も分からない。とにかく自分たちが救援に入る。私達はまず、体の不自由な人達を救援する。そして知的障害を持っている人も救援に入ったのですけれども、最後まで行方が分からなかったのが聴覚障書を持っていた人達です。何故かといいますと、私達は避難所に行って安否確認をします。最初家に行きますけれどおりません。家も壊れている、アパートも壊れている、近くの避難所へ行きますけれども、アナウンスをしてもらっても耳が聞こえないので自分を呼んでいるかどうか分からないのです。
 何百人もいるというこういう状況の中で私達は顔を一人一人見て回りました。私達の施設の関係者がいるかどうか。ずい分時間がかかりました。私達の施設は20幾つあります。本当に2週間くらいかかりました。特に聴覚障害を持っている人は分からないのです。顔を見るまで確認が出来なかったのです。とても大きな問題でした。もちろん電話もついていませんし、お互いに安否確認が出来ないことで本当に困ったことがあります。
 そして家庭もバラバラになったり、住んでいた家を離れて避難所で生活したり、みんなストレスを持ちました。私達の持っている健康ということを考えますと、このストレスと大きな関係があります。私達は今まで病気というのは、例えば心臓が悪い、肝臓が悪い、あるいは腎臓が悪い、だから病気を治す時には心臓によく効く薬、あるいはコレステロールの高い食べ物は食べない、いろいろな事をしてきましたけれども、最近の医療では実はそれだけではなく、私達の生活環境というも

 

 

 

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