なぜ走錨するのか

巡視船もとぶ 船長 鈴木公人
一、はじめに
話は多少古くなるが、昭和二十九年九月二十六日台風一五号(最大瞬間風速五〇メートル)により青函連絡船洞爺丸(四、三三七総トン)が函館湾で走錨し転覆(貨車移動)、千百五十五人が死亡した事故は、当時の新聞・ラジオで大々的に報道され、海に関しては海水浴くらいしか関心のなかった小学生の私の心にも強いインパクトを残した。
その後、練習船で走錨を経験したのをはじめ、現場に出て何度か走錨を経験したが、いずれの場合も状況が異なり、その発生のメカニズムに強い関心を抱くに至った。

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二、走錨原因
走錨の原因は非常にシンプルで、船体にかかる外力が錨鎖の係駐力を超えた時に発生する。
それでは、船体にかかる外力が大になる時はどんな時か、係駐力を大にするにはどうしたらよいか、ということになる。
一般式では表1のとおりである。

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ここで運用上錨鎖の係駐力を大にするには使用錨鎖長を大にし、水深をなるべく小にするため、浅い所に投錨するとともに錨の把駐係数、錨鎖の把駐係数を大にするために把駐係数の大なる底質を選ぶこととなる。しかし、海図記載の底質は、調査した時点での点の調査結果でしかなく、その後変化している場合もあり、変化していなくてもそこを一メートル離れれば他の底質がもしれない訳である。
また錨がどのようにかいているかは見えない。海底がどちらに傾斜しているのか、深くかいているのか浅いのか、片方に岩がかかっているのかは分からない。底質が硬派か粘土の厚い層であることを願って投錨するしかない。
すなわち係駐力に大きくかかわる錨の把駐係数・錨鎖の把駐係数は正確には分からない。従って大きな係駐力を正確に選択できにくいということでもある。海底の状況と気象には注文はつけられない。
それでは船体にかかる外力の最大要因である気象、特に風力の状況はどうであろうか?
気象庁の記録によると、今までの日本での最大風速は昭和四十年九月十日の台風二三号による室戸岬での秒速七〇メートル(風向西南西)、最大瞬間風速は昭和四十一年九月五日第二宮古島台風による宮古島での秒速八五メートル(風向北東)である。世界の記録はアメリカ、ニューハンプシャーで一九三四年四月十一日最大瞬間風速一〇三・二メートル、最大風速八四メートルというのがある。

 

 

 

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