■事業の内容
膨脹式救命いかだの整備技術の向上に関する調査研究 (1) 概要 船舶の救命設備は、遭難時に人命の安全を守る最後の拠点となるものであり、常にその性能が発揮できるよう、保守整備されていなければならない、膨脹式救命いかだは船舶救命設備として極めて有効なものであるが、現行の整備基準に基づいて整備されていた膨脹式救命いかだが過去何回か漂流中に自然破損した事故については、その原因が充分に解明されていない。 本調査研究は、膨脹式救命いかだについて従来は製造後12年以内のいかだを対象として検討していたが、今回は12年から20年経過した古いいかだについて、波浪による動的荷重が破損に与える影響についても、経年別に疲労限界を考慮した各種試験を実施し、漂流中のいかだの破損事故原因を究明し、事故発生防止のための整備、点検方法を策定し、整備技術の向上を図ることを目的として実施した。 (2) 供試品 膨脹式救命いかだ新品2台及び経年品16台を供試品とした。 [1] 新品 円形(25人用)及び橢円形(25人用)各1台 [2] 経年別収集台数 経過年数 12年 15年 17年 20年 台数(台) 4 4 5 3
(3) 試験項目及び試験方法 [1] 試験の種類は次のとおりである。 水槽試験(波浪応力測定試験)、シミュレーションによる応力解析、圧力試験、繰返し荷重試験、漏洩試験、接着部はくり試験。 [2] 試験は船舶艤製品研究所において実施した。 ただし、水槽試験は(財)シップ・アンド・オーシャン財団で、シミュレーションによる応用解析は東京大学生産技術研究所でそれぞれ実施した。 (4) 試験結果の概要 [1] 水槽試験 a. 目的 満載状態の救命いかだ(円形及び橢円形)を水槽に浮かべ、波を与えた時の救命いかだ各部のひずみを、ひずみゲージを用いて測定することにより、シミュレーション計算の基礎資料を得た。 b. 試験方法 供試品を水槽に浮かべ、供試品の床面に定員分(25人×75kg=187kg)及び艤製品の質量に相当する砂袋を均等にのせ、4方向よりいかだをゆるく固定したのち、シーアンカー側より波を受ける姿勢で各部のひずみ及び内圧を測定する。 波浪条件は、波高20cm、25cm及び30cm、波長10m、L,1.25L及び1.5L(Lは供試品の全長)で計算した。計測器のチャンネル数の関係で、同じ波浪条件で、計測場所を変えて2回計測した。 c. 試験結果 各々の波浪条件における各ひずみゲージの波形より、波による変動分(半振幅)を読みとった。また、救命いかだの各部位ごとの変動の波長による変化が認められた。なお、波高25cmの結果は、他と同様であったため、解析を省略する。 円形いかだの場合は、波長が長くなるにつれて、ひずみが少なくなる傾向が見られるが、橢円形いかだの場合、そのような傾向はみられない。 (a) 応力-ひずみ曲線の測定 水槽試験に先立ち、救命いかだを膨脹させ、内圧を加えた時の、ゴム布の伸びとひずみゲージ出力との関係を調べた。伸びはゲージ取付近くの計8カ所に10cm角の標線を引き、その伸びを実測した。 円形いかだ、橢円形いかだ共に相関関係があることがわかった。しかしながら、ゴム布の伸びの増加に伴い、ひずみゲージ出力はバラツキが大きくなっている。 (b) 試験片の引張試験による応力-伸び-ひずみの関係 水槽試験に用いた供試体と同じ材料より、経緯各方向から長さ300mm、幅50mmの試験片3本を切り出し、同様のひずみゲージを貼付け引張試験を行った。応力は6kgf/cmまでとし、同一試験片に対し2回の繰り返し荷重負荷を行った。 伸びと応力の関係は比較的バラツキの少ない一定の関係が得られた。特に、経方向については、どちらの材料も6kgf/cmまでの範囲では、直線的な関係が見られる。 ひずみゲージ出力と応力の関係は、前述と同じく、ひずみの増加と共に出力のバラツキが見られ、6kgf/cmの時に、±1,000〜±1,500μS程度のバラツキが一見られた。 又、上記2つの関係から、引張試験片の場合の伸びとひずみゲージ出力の相関係が得られた。この場合、気室の軸方向(ゴム布の経方向)については、実物いかだの関係と一致した相関関係が見られるが、気室HOOP方向(ゴム布の緯方向)については、実物いかだの関係と完全に一致せず、同じ伸びの場合、より少ないゲージ出力が得られている。 その理由として、実物いかだの場合、気室HOOP方向のゲージは、ゴム布と共に円形に湾曲しており、平板状の引張試験片とはゲージの状態が異なることが考えられる。 [2] 漂流いかだのシミュレーションによる応力の推定 救命いかだの様な薄膜で構成された構造物の応力解析を行う方法は、いまだ確立されていない。そこで、ここでは救命いかだを均一材質の弾性体で置き換え、水槽実験より得られた歪より剛性を求めた。そして実際の波浪中で作用するであろう外力を推定し、救命いかだの波浪中での応力のみを計算した。 なお、次の事項の推定、計算等を実施した。 救命いかだの剛性(E1)の決定、波浪条件の決定、海洋波中での応力、有限要素法を用いた解析、橢円フレームの解析。 以上、有限要素法を用いたバージ及び橢円形フレームの解析とも比較した結果、波高波長比が1/20程度の波に関してはいかだをバージで置き換え線形梁と仮定した簡易計算法でいかだのみが計算でき、繰り返し荷重の大きさは妥当であることがわかった。また、漂流中いかだに発生する内部応力を考えた場合、波高の小さい波でもいかだ長と波長の関係で大きい応力が作用する場合があり、逆に波高が大きくともいかだ長に比べて波長が長い場合は、いかだの運動は大きくなるが発生する応力は小さいと予想される。 今後の課題として次のことが考えられる。 ・ 救命いかだ構造の非線形性の考慮 ・ 救命いかだに作用する荷重の正確な見積もり ・ いかだの局所的な変形の解析 ・ 大荷重に対するいかだの非線形応答の解析 [3] 繰り返し荷重試験 a. 繰り返し荷重試験の結果と、はくり試験の結果の関係を調べるため、対応する試験片(隣合った場所から採取した試験片)のはくり試験時のはくり荷重結果が得られた。 結果でみる限りでは、はくり荷重と繰り返し荷重試験結果の間に明確な関係は見いだせなかった。 b. 繰り返し荷重試験ではくりしなかった試験片についてのはくり荷重が得られたので、それらの荷重とはくり試験時のはくり荷重の関係をみれば、繰り返し荷重試験のはくり荷重への影響がわかる。ほぼ45度の線上に分布しており、それらの影響は少ないことが推測される。 [4] 漏洩試験 過去の調査研究と同様な方法で行った。即ち、主気室に約110mmHgの空気圧を加え1時間放置後、圧力を100mmHgに調整し、4時間放置後の内圧を計測した。 また、同時に床気室に30mmHgの空気圧を加え、4時間放置後の内圧を計測した結果、16台中5台に不合格なものがあった。 [5] 耐圧試験 過去の調査研究と同様な方法で行った。即ち、300mmHgの空気圧を各空気室に加え、10分間放置し、異常の有無を調べた結果はすべて合格であった。 [6] 接着部はくり試験 a. 供試品4社のはくり荷重には、絶対値の差があるため、各々新品のデータを100%とした時の保持率を算出した。その結果低下の大きいものは経年約10年で、保持率40%近くまで低下し、その後、あまり変化しないこと、又、低下の少ないものは経年17年でも保持率約70〜80%を保っていることが観察される。 b. はくりした試験片の接合面の状態を観察し、全体の接着面積に対する、接着剤-接着剤間ではくりした面積の比率を目視により算出した。 繰り返し試験途中でははくりした試験片についての、はくりするまでの繰り返し回数と、対応するはくり荷重は、バラツキはあるが、やや右上がりの分布がみられ、はくりするまでの繰り返し回数が少ない試験片ほど、対応するはくり荷重が低く、繰り返し回数が多いほど、はくり荷重が高いという対応関係が推測される。
■事業の成果
本調査研究により、次の成果が得られ、今後の船用品の整備技術に関して大いに寄付したものと思われる。 (1) 従来、膨脹式救命いかだのような柔軟な構造物については応力値を得ることでは無理であると考えられていたが、改良されたストロング・ゲージを用いた実験と開発されたシミュレーション計算プログラムを併用することにより、それが可能となることが明らかにされ、今後この種のものに利用できる。 (2) 現在製造後8年以上のいかだに対して付加して行われている耐圧及び荷重試験は、いかだが漂流している状態になるべく近い状態に対応する方法での整備方法を考案する必要がある。 (3) 製造後相当年数経由しているいかだには、整備技術で安全性を確認することが困難となる経年の限界が存在すると考える。
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