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■事業の内容

(1) 実船試験結果の総合解析
[1] 氷海航行性能解析
 船舶の航行性能について具体的に意味のある検討を行うためには、まず第一に航路上の海象や氷況等について定量的に把握し、その上で船速、軸馬力、船体運動等に係わる諸項目を適切な精度で同時性を保って測定することが肝要である。また、これらの計測が海上公試の形で、所期の条件を備えた海上で実施されることが理想である。
 “しらせ”の実船性能計測は4次にわたる南極観測支援行動に際して実施されたが、諸般の制約条件のため、その実態は上に述べた必要条件からかけ離れた条件の下で行われた。従って、これらの計測結果を総合し、“しらせ”の航行性能について述べるとすれば、その内容は多分につぎはぎ細工的で、定性的なものとならざるをえない。
a. 砕氷性能
 “しらせ”の公称砕氷能力は、軸馬力30,000PSにおいて氷厚1.5mの平担氷を速力3ノットで連続砕氷できるといわれているが、数多くの計測結果を総合すると、この公称能力は十分満足されているようである。
 “しらせ”が通過した氷海の氷強度は昭和基地近辺の定着氷の氷強度とほぼ等しいと考えると、氷温と塩分濃度から推定した曲げ強度は300〜400kPaであり、三点曲げ試験結果と一致する。いずれにしろ、設計段階で想定していた500kPaよりかなり低い値であり、“しらせ”が連続砕氷可能な限界氷厚は1.5mよりもかなり大きな値となる可能性がある。
b. チャージング性能
 1サイクルの所要時間は約6分で、助走距離は約2船長分が適当である。ハンモックアイスの厚みが10mに達すると、1回のチャージングによる進出距離は最大で50m程度である。
 氷板に乗り上げてから後退するのは容易であり、スチックしたことはない。
c. 氷海における操縦性能
 針路安定性は先代“ふじ”よりも大幅に優れていて、操縦に対する応答性、旋回性も大幅に向上している。
d. 平担水中の旋回性能
 氷厚1mでの旋回径は同一舵角における平水中旋回径の2〜3倍となっており、カナダ等の砕氷船の氷海実験と同じ傾向である。
[2] 氷況データの整理
 リュツオホルム湾からブライド湾に至る沿岸部の氷海の拡がりは、定着氷では、リュツオホルム湾全域に達し、昭和基地から東方のプリンスオラフ海岸沿いに幅30マイル程度で発達している。ブライド湾では、大陸から張り出した氷棚の外縁に沿って数マイルから10マイル程度の幅で定着氷が発達している。流氷は定着氷の北方にこれに沿って東西に延びる幅数十マイルの帯状に存在していて、厚さ0.5〜1.0mの氷片を含み、常時動いている。
 定着氷と流氷との境界にはしばしば氷湖やフローリードのような開水面が存在する。北風が卓越するとき定着氷の氷縁に沿って流氷が押しつけられ、ここに数マイルに達するハンモック状乱氷帯が形成されることがある。
 定着氷はほとんど一年氷であり、厚さは場所により異るが、およそ1.2〜1.6m程度に達する。多年氷は島しょの間に残された氷板が越年した結果出来るが、その量的割合は小さい。
 オングル海峡付近では、1月下句に氷板がクラックを発生するようになり、2月中旬には定着氷が流出し、海面が出るようになる。
 昭和基地のあるオングル諸島の北及び西方には、着底した多数の氷山が定着氷の間に点在している。ブライド湾の流氷帯にも氷山が浮遊しているが数は少ない。ブライド湾では定着氷の幅は狭いが、氷厚は昭和基地付近よりも10〜20cm大きい。
 積雪は昭和基地の定着氷では5〜40cmであった。積雪深が大きいときには、氷厚は逆に小さくなるようである。
[3] 氷質試験結果の整理と解析
 通算4年にわたり、南極の定着氷に関して現地試験並びに屋内試験を行った結果、海氷には種々の構造・組織を持つものがあり、同一地点においても、年毎に氷厚や氷質が異なること、しかしながら全体としてマクロ的に見た場合、従来北極地方の海氷の性状について得られている知見が南極の海氷にもおおむね当てはまることが判明した。主要な結論は以下のようにまとめられよう。
a. 昭和基地、ブライド湾の定着氷は一年性海氷が大部分と考えられ、氷厚は1.4±0.2mの範囲に含まれる。
b. 定着氷の結晶構造は、柱状結晶構造を主体とする典型的海氷であるときもあるが、大量の降雪と海水の混合・凍結による粒状結晶構造が支配的である場合、両者の中間的な場合とさまざまである。
c. 海氷の圧縮強度は歪速度に依存し、歪速度が4×10-4付近で最大値をとる。これより歪強度の速い領域では破壊は脆性的で強度も大幅に低下する。
d. 結晶構造が強度とどのように係わるかは十分明らかではないが、水平圧縮強度は粒状結晶の方が柱状結晶よりも大きい結果が得られた。
[4] 氷摩擦試験結果の解析
 昭和基地の停泊中の“しらせ”の船体外板表面に対する氷摩擦をポータブル型氷摩擦計で計測した。測定個所は主として船首肩部、計画喫水下方の部分で、船体へのアクセスが可能な個所である。
 計測結果は、氷摩擦計法線力及び接線力について時系列に整理し、Amonton-Coulomb則が成り立つものとして、接線力を法線力で除して氷摩擦係数を求めている。氷摩擦係数は0.2程度であった。
 氷摩擦係数は法線荷重の増加と共に減少するが、接触面で氷の破壊が発生するような場合には、Coulomb則の妥当性や実効法線力など、多くの問題があり、今後の研究を待たねばならない。法線荷重が極端に低い場合には、接触面の状態が不安定であり、ブラインあるいは融解水の存在などによる液体潤滑効果も不安定で、ポータブル型の氷摩擦計では測定がむつかしい。
(2) 計測機器撤去復旧
 実船計測は昭和61年度に終了のため、“しらせ”船内の計測機器取り付け個所の復旧工事を行った。復旧工事は、日本鋼管(株)により“しらせ”入渠中に行われた。
■事業の成果

本実船試験においては、“しらせ”の南極観測事業支援活動及び南極域観測活動に支障を及ぼさない範囲で各種の計測が行われた。従って、科学的な実船性能調査と言う観点からは、不満も少なくないが、我が国において、氷海域実船航行資料が皆無に等しい現状から見れば、極めて貴重なデータの収集、蓄積ができ、氷海船舶の研究、設計、建造、あるいはまた、“しらせ”はもとより、砕氷船運用面にも活用される資料を得ることができたと言えよう。
 荒天海域等での波浪中の航行性能資料は、従来、砕氷船等で常に問題とされる、耐航性の悪さについての、具体的な資料を提出し、砕氷性能、耐航性能、いずれにも優れた砕氷船設計を模索する上での有益な手掛かりとなる。
 また、氷海船舶の研究、設計・建造に携わる技術者が、砕氷船に乗船し、様々な計測を通じて、氷海航行を体験し得たことは、今後の関係技術の発展に裨益するところ大である。





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