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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 情緒的な核論議批判の時代は過ぎた  
コラム名: 【正論】  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2007/01/11  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ■冷厳な国際情勢見つめ国民合意を

 ≪無防備で観念的な日本≫

 北朝鮮の核実験を受けた中川・自民党政調会長、麻生外相の「核論議発言」に対する批判が年を越えても相変わらずくすぶっている。
 核戦争は人類が回避しなければならないテーマであり、核兵器は廃絶されるのが何よりも望ましい。しかし理想論だけで国は守れない。核実験の強行により、北朝鮮の核は想像上の脅威から現実的脅威に変わった。新たな現実を前に、核論議をなおタブー視するのは、あまりに非現実的である。国民が参加した広範な議論こそ急務である。
 日本の核論議は、ともすれば「核に反対するのは当然」といった情緒的観念が先行し、本格的論議がないまま現在に至っている。核論議を行うことが、そのまま核保有につながるとして、議論そのものを敬遠する気風もこの裏返しの現象である。
 核をめぐる論議は、核保有の是非より、現実化した脅威にどう備えるか、守りの議論が先決となる。先の産経新聞紙上に、長崎に投下された原子爆弾とほぼ同じ20キロトンの核が首都・東京に投下された場合の専門家による被害予測が掲載された。死者は50万人、負傷者は300万?500万人。地下への避難施設など必要な対策を取れば死者が半減するとの指摘も盛り込まれている。
 現に欧州各国は米ソ冷戦時代、全国的に核シェルターを整備し、国民の生命・安全の確保を図った。スイスでは30分以内に全国民が地下施設に避難可能と聞く。
 日本にそうした施設はない。政官民の中枢機能が集中する首都・東京やひとたび攻撃を受ければ、たちまち核汚染が広がる原子力発電所も無防備のままだ。かつての非武装中立論に代表されるように防衛の観念が希薄なまま、日米安全保障条約に基づく「核の傘」で守りは十分と考えられてきたためだ。
 国是である「非核三原則」を盾に一切の核論議を封じ込めようとする動きは、現状を放置することに他ならない。

 ≪核の悲惨知る唯一の国≫

 非核三原則ができたのは40年前の佐藤内閣時代。この間の世界の変化は激しい。現に当時、北朝鮮の核実験を予想する人はいなかった。原則のひとつ「持ち込ませず」は、米国核兵器を日本領土に「配備、貯蔵させない」だけでなく、核を搭載した米艦艇の日本寄港や領海通過も対象としている。この解釈に従えば、寄港や領海通過の際、核をどこかに降ろすことになり、これでは朝鮮半島という目前の脅威に対抗できない。
 核兵器の恐ろしさ、悲惨さをどの国よりも知るのは唯一の被爆国・日本である。ケネディ、ジョンソン両政権下で国防長官を務めたロバート・マクナマラ氏が私の勧めで広島・原爆記念館を訪れ、犠牲の大きさに驚愕(きょうがく)し、「(原爆投下は)釣り合いの取れた政策決定とはいえなかった」と漏らしたのを記憶している。未曾有の惨禍が改めて想起されなければならない。
 その上で、北朝鮮の核を前に非核三原則が現在も有効か否か、有効でないとすればどう見直すのか、現状を冷静に見つめた議論を急ぐ必要がある。核武装すべきだと言っているのではない。どのような選択をするにせよ、目前の脅威と現状に対する問題点が主権者たる国民に共有される必要があるということだ。

 ≪平和国家の願望と現実≫

 地下鉄などを活用した核防御施設の整備など当面の危機管理も、こうした議論を通じて実現性が出てくる。
 そうでなければ、北朝鮮が核保有を背景に無理難題を押し付けてきた場合、国民にいたずらな動揺が広がり、翻弄(ほんろう)されることになりかねない。核兵器は「使用することより持つことに意味がある」と言われ、中国や北朝鮮が貧困と飢餓という犠牲を国民に強いてまで開発を強行したのも、「持つことの意味」を意識してのことだからだ。
 日本はいつでも核兵器を開発できるだけの高い科学技術と財力を持つ。引き続き自ら非核を宣言する道を選ぶ場合も、国民的論議の裏付けがなければ国民合意の政策としての力を欠く。
 核論議をタブー視する日本の姿は、世界的に見れば極めて特異な状況である。核論議を避けて通りたいというのは平和国家・日本の願望であり得ても、冷厳な国際情勢の中では通用しない。
 核論議の是非を論ずる日本の現状を前に、海外の友人の多くは驚きを隠さない。海に守られてきた日本と違い、国境を接し他民族との長い抗争の歴史を持つ彼らにとって、国防論議を避けることは国家としての怠慢でしかないからである。
 



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