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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: 海賊・海上テロから船舶・船員を守れ  
コラム名: 特集 ユニバーサルセキュリティー  
出版物名: 金沢工業大学  
出版社名: 金沢工業大学  
発行日: 2005/12  
※この記事は、著者と金沢工業大学の許諾を得て転載したものです。
金沢工業大学に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど金沢工業大学の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  「シンジケート型海賊」と「ロビンフツド型海賊」

 現在、海賊事件は世界で300?400件起こっている。統計をとり始めてから最も多かつた年が2000年の469件で、2004年は325件となっている。ただし、海賊に襲われても届け出ないケースがはるかに多く、この数字は氷山の一角といえる。
 海賊の多い地域は紛争の多い地域である。アフリカのソマリア沖、フィリピン南部、マラッカ海峡では、紛争などで武器が流れたために凶悪化した海賊がはびこっている。
 現代の海賊事件にも変遷がある。初めて海賊問題がクローズアップされた時期は1995?2000年である。当時、航行中の船舶を襲い、船員を置き去りにして積み荷と船を一緒に奪ってしまう海賊事件が頻発した。積み荷は密売ルートに乗せられて闇市場で売却され、船体はファントムシップ(幽霊船)となつて犯罪に使われた。
 私が海賊問題に取り組み始めたのは1998年だが、その年、日本の船会社が所有する「テンユー号」が海賊に襲われ、マラッカ海峡で行方不明になった。しかし、マラッカ海峡は広い海峡ではないので、いなくなることは普通あり得ない。沈んだとしても、船が一瞬で沈むことはないし、深い海峡でもないので見つからないこともない。当時すでに東南アジアで海賊が何件か発生しているという話が入っていたので、これは海賊ではないかと思い始めた。探していたところ、揚子江の、上海から150キロほど上流の張家港で船が発見された。エンジンの製造番号から、テンユー号だとわかった。操船していたのはインドネシア人のグループで、乗組員も積み荷のアルミもそこにはなかった。その後アルミを密売したグループは捕まったが、乗組貞の行方はわからず、海賊がどこにいるのかもわからなかった。この事件によって、海賊に関する国際シンジケートの存在が明らかになってきた。

 翌1999年、日本人の船長と機関長が被害に遭った「アロンドラ・レインボー号」事件が日本で注目を集めた。テンユー号と同じ港を出た後に襲われ、17人の乗組員全員が救命いかだに乗せられて海上に放置された。乗組員は11日間漂流して、通りかかった漁船に救助された。
 マラッカ海峡の海賊の特徴は、殺す意思を見せないことである。「目には目を」のイスラム教において、殺人は死刑に値するためである。
 このとき、海賊問題に関する情報機関として活動している国際商業会議所国際海事局(IMBは、すぐにインドから中国までの各国の沿岸警備機関に対して捜査依頼を出した。それと並行して、有効な情報に20万ドルまでの懸賞金を出す形で指名手配した。その結果、ファントムシップになったアロンドラ・レインボー号はインド洋沖で通りかかった船によって発見、通報され、IMBからインドのコースガードに捕獲要請が出され、3日間の追撃の末捕獲された。操船していたのはインドネシア人クルーで、そのうちの2人はテンユー号事件のときの2人と重なっていたことがわかり、国際的なシンジケートの存在が明確になつた。
 こうした国際的な組織に対処していくには、アジア諸国の国際協力が不可欠なことから、2000年4月、最初の海賊対策国際会議が東京で開かれた。これを機に各国が警備を厳しくし始めた結果、国際シンジケートは割に合わない海賊の世界から撤退していった。その影響で、海賊発生件数は2000年の469件から翌年には325件にまで減少した。
 ただし、シンジケートの末端を担っていた海賊たちは、マラッカ海峡やインドネシア沿岸に残り、生活のために海賊を続けている。村中が海賊の仲間であり、盗んだものを村中で分配する「ロビンフツド」型海賊である。
 2001年、「カラカタ号」というインドネシア政府の船が海賊に襲われる事件が起きた。同船は航路標識の敷設船だったが、船体はサビ止めを塗ったままペンキを塗っていなかったため灰色で、中国の貨物船と間違えられ、海賊に襲われた。

 海賊は12人。スピードボートに乗って、襲いかかり、ブリッジを乗っ取り、仲間が操船する間に金目のものを盗んでボートに戻るのが手口だ。ところが、乗船した海賊は政府の船とわかると、若い操船係を置いて慌てて逃げていってしまった。
 捕まった操船係がすべてを話したため、犯人の一部が逮捕され、根城にしていた村ぐるみで海賊をしていたことが明らかになった。

重武装した「テロリスト型海賊」が増加

 そして、ここ数年増えているのが「テロリスト型海賊」である。アルカイーダなどのイスラム過激組織の活動が活発化した2001年6月、インドネシアの反政府武装組織「アチェ自由運動(GAM)」は、「マラッカ海峡を航行しようとする船舶はGAMの許可を受けなければならない」と一方的に宣言し、実際に海賊行為を行うようになった。こうしたテロリスト型海賊の手口は、完全武装して統制のとれた動きで船を襲い、人質を取って身代金を要求するというものである。標的になりやすいのは、大型船よりもスピードが遅く襲撃しやすい小型タンカーや漁船、タグボートなどだ。テロリスト型海賊や海上テロの危険が高まったため、損害保険会社はマラッカ海峡を航行する際の保険料を引き上げることを決定している。
 その後、身代金誘拐が頻発するが、半分以上はGAMの名を語る模倣犯と見られている。しかし、模倣犯も重武装であることには変わりない。
 そのさなかで起こったのが今年3月の「韋駄天」事件である。韋駄天は外洋型タグボートで、港で見られるタグボートよりもはるかに大きい。襲われた時はバタム島沖からミャンマーに向けて石油の掘削プラントを輸送する途上で、スピードは6?8ノットとかなりゆっくりだった。夕方、マラッカ海峡のペナン島沖で、一隻の漁船が近づいてきて、突然ライフルを打ち込んできた。韋駄天はあっという間に数名の海賊たちに乗り込まれ、わずか10分の間に日本人の船長と機関長、そしてフィリピン人の機関士が連れ去られた。海図と船籍証明書が奪われたが、金庫には手を付けていない。

 このスピーディな行動がテロリスト型海賊の手口である。銃撃したときにもし反撃されれば、大抵は逃げていく。彼らは何よりもてこずることを嫌う。時間がかかれば、それだけ沿岸警備機関が出動する可能性が高まり、スピードボートやヘリで追跡されたら自分たちが逃げ切れなくなるからだ。
 犯行グループは反政府グループなのか、漁民なのか、あるいは軍なのかという話が出ているが、マラッカ海峡においてその区別はない。反政府組織の人間も軍人もベースになっているのは漁民であり、条件がよければ反政府組織から軍へ、あるいはその道もあり得るからだ。今回の犯行については、マレーシア側の地下組織とインドネシア側の境界でさまよっている人々が結びついたものではないかと考えられている。
 韋駄天事件では、私は最初から「マラッカ海峡の海賊は人を危めることはないので、冷静に対処すれば活路は開ける」ということを言い続けた。昨年起きた海賊事件では4人が殺されているが、この時は身代金要求を船会社が何度も値切って交渉が長引く間に海賊と船員との間でトラブルになったためで、それ以降人質の殺害は起きていない。韋駄天事件で、海賊は人質に対して「これで無事に帰れよ」と200ドルずつ手渡している。
 危害を加える意志がないことを示すことで、捕まっても大した罪にならず、沿岸警備機関も捜査にそれほど力を入れない、ということを見越しているのだ。
 身代金もそれほど高い金額ではない。一般的には一人あたり1000ドルから高くてもまとめて10万ドルの範囲で落ち着く。なぜかというと、マラッカ海峡で民間の警備を付けた場合、一航海当たり10万ドル程度の費用がかかる。身代金が同じ10万ドルでも、海賊に遭う確率は2万分の1と非常に低い。そこで海賊は、毎回10万ドルかけるか、2万分の1の確率で身代金10万ドルを払うか、という選択を船主にさせるわけである。
 ただ、韋駄天事件での海賊の失敗は、日本人を誘拐してしまったことである。日本が大騒ぎしたため、メンツにこだわるマレーシアの海上警備機関が捜査に普段以上に力を入れたのだ。マレーシアの海上警備力は年々高まっており、今年上半期を昨年同期と比較すると、マラッカ海峡での海賊事件は20件から8件と半分以下まで減少している。しかも、韋駄天事件以降は大きな犯行は起こらなくなっ
ている。これは、国際世論に訴えて押さえ込むことの有効性を物語っている。

相手の臆病さを逆手に取った自衛策

 民間船舶がマラッカ海峡を通る際、どのような自衛策が必要だろうか。最も大切なのは、海賊の発生状況と習性、沿岸警備機間の警備状況を把握しておくこと。
 海賊に遭遇したら、速やかに警備機関に通報し、また通報したことが相手に伝わるようにすることだ。海賊は臆病だから、警備機関に通報したことを知らせ、ライトを照らしたり拡声器で警告すれば大抵は逃げていく。見張り代わりにかかしを立たせておくことも意外と効果がある。
 日本の船は武装警備できないが、その方がかえって安全である。武装する以上は殺し合いを覚悟しなければならないからだ。マラッカ海峡の海賊は人命に危害を加えることはないといった習性を理解しておけば、被害は最低限で済むはずである。情報収集をして、襲われない環境をっくることが重要だろう。海の上では、状況を的確に判断して、冷静に対処すれば、事なきを得ることが多いものである。

海賊対策に不可欠な国際協力と官民連携

 海賊問題は全体的には減少傾向にあるが、武器が流れたために海賊が凶暴化し、海上テロとの線引きができなくなっており、それにどう対処していくかが今後の課題となっている。
 アジア諸国では、国際海洋法に基づき、軍事力ではなく、海上警備機関の力で海上安全を守っていこうという流れになつている。軍事力に頼れば戦争に発展する危険があるためだ。マレーシアでは首相直属のコーストガード組織が今年新設され、インドネシアでも大統領直属の海上警備機関を創設する動きが出ている。また、海賊問題に対処するには国際協力が不可欠だ。各国の警察権は国境を越えて行使することができない。海賊はそこを利用し、国境をまたいで動き回ることで、捜査から逃れているのである。
 2000年の海賊対策会議以降、マラッカ海峡の沿岸国と利用国による海賊対策のための海上警備機関専門家会合が毎年各国の持ち回りで開催されており、日本の海上保安庁主導による合同訓練や、日本で各国の海上保安機関若手職員の教育訓練も行われている。2004年6月にはアジア海上保安機関長官級会議が東京で開かれ、海上テロ、海賊に対する国際連携の基本的合意がなされた。
 今後の課題は、実際の海域において、各国の主権を守りながら協力できる警備体制を実現することである。さらには、政府と民間のコラボレーションを進めて、利用者側の意見も取り入れた警備体制を構築する必要があると考えている。
 



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