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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: マラッカ海峡における海賊問題  
コラム名: マラッカ海峡における海賊問題  
出版物名: 月報Captain  
出版社名: (社)日本船長協会  
発行日: 2005/06/6月・7月号 第369号  
※この記事は、著者と(社)日本船長協会の許諾を得て転載したものです。
(社)日本船長協会に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど(社)日本船長協会の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   2005年3月14日、マラッカ海峡北西部で日本船籍の外洋型タグボート「韋駄天(498トン)が海賊に襲撃される事件が起き、マラッカ海峡に出没する海賊の存在が浮き彫りにされた。特に日本人の船長・機関長とフィリピン人の三等機関士が誘拐されたことで、日本国内においても騒ぎとなり、現代の海賊問題がマスメディアに取り上げられた。
 1999年に起きたアロンドラ・レインボー号事件、翌2000年に続いておきたグローバル・マース号事件から5年が経過し、日本人から忘れられていたマラッカの海賊が再び注目を集めたのである。

「韋駄天」事件

 「韋駄天」は、インドネシアのバタム島から石油掘削プラントを曳航し、ミャンマーヘ向け航行中であった。同船は、日が落ち海上が暗くなりはじめた頃、漁船で近づいてきた海賊に銃撃されて後、船に乗り込まれた。海賊は、手近にある金品と海図、船籍証明書を奪い、3人の船員を人質にとりインドネシア方向へ逃げて行った。海賊グループはおよそ10人、すべての海賊がライフル銃やロケット・ランチャーなどで重武装し、犯行に要した時間はわずか10分ほどで、組織化され訓練を受けた軍隊のようであったと船員が証言している。マラッカ海峡においては、この数年、身代金を目的とした海賊による誘拐事件が多発している。04年には、報告されているだけでも36人の船員が誘拐され、身代金の要求がされ、そのうち交渉中にトラブルとなった事件で四人の船員の命が奪われている。
 韋駄天の誘拐された3人の船員は、6日後の3月20日未明、タイ南部のマラッカ海峡沿岸部で開放された。この開放のための交渉は、マレーシアで働く日系企業の従業員など複数の人間を経て行われ、東南アジア特有の人づての社会により成果をあげた。
 船員たちは誘拐されている間、インドネシア国内と思われる海賊のアジトを転々とし、その間、別に誘拐された人質たちを目撃している。海賊たちは、複数のグループに分かれ船を襲い誘拐事件を起こしているようだ。

現代海賊の変遷

 海賊事件発生の国際的な統計は、IMB(国際商業会議所・国際海事局)が集約し発表している。IMBが海賊統計を取りまとめ始めたのは1991年、この頃、南シナ海、フィリピン沿岸海域、マラッカ海峡などで海賊事件が頻発していた。海賊被害に頭を痛めた海運業界、損害保険会社、荷主などが資金を拠出し、マラッカ海峡に近いマレーシア・クアラルンプールに海賊情報センターを設置し、海賊被害の情報収集とその対策のための情報発信を開始したのである。
 IMBが統計をまとめ始めてから、海賊事件の発生件数が最も多かったのは、2000年の446件。アロンドラ・レインボー号事件を契機に海賊問題に取り組み始めた日本の海上保安庁は、日本財団の提案を受け、2000年4月、東京において海賊対策国際会議を開催し、アジア各国の海上警備機関の代表が一堂に会し、海賊対策を話し合った。その場では、アジア各国はそれぞれの国において海賊警備を行うとともに、各国の海上警備機関が情報連携を行い、国際協力体制を整えてゆくことが確認された。
 この会議を契機に、海賊被害は一旦減少したものの2003年には、445件と再び増加している。2004年には、アジア海上保安機関長官級会議が東京で開催され、アジア各国は海上テロも含めた海上警備の強化を行うことを確認し、その成果か同年は、325件と減少傾向にあった。

■■■■■■ 全世界およびマラッカ・シンガポール海峡周辺での海賊発生件数 (件) ■■■■■■

【1999年】【2000年】【2001年】【2002年】【2003年】【2004年】
インドネシア沿岸 (115) (119) (91) (103) (121) (93)
マラッカ海峡 (2) (75) (17) (16) (28) (37)
シンガポール海峡 (14) (5) (7) (5) (2) (8)
マレーシア (18) (21) (19) (14) (5) (9)
世界合計 (300) (469) (335) (370) (445) (325)

■出典:IMB年次報告書


■■■■■ 武器の携行 (件) ■■■■■

【1999年】【2000年】【2001年】【2002年】【2003年】【2004年】
銃 (54) (51) (73) (68) (100) (87)
刃物 (85) (132) (105) (136) (143) (95)
他の武器 (24) (40) (39) (49) (34) (15)
未報告 (137) (246) (118) (117) (168) (128)
合計 (300) (469) (335) (370) (445) (325)

□□□□□ 出典:IMB年次報告書 □□□□□

 世界的にみると海賊被害は減少傾向にあるが、マラッカ海峡における海賊事件の発生件数は、2002年16件、2003年28件、2004年37件とむしろ増加している。そして、犯行の形態も凶悪化している。2004年に報告されたマラッカ海峡内での海賊はすべて拳銃、ライフル銃、自動小銃などの銃器やロングナイフを持ち武装しており、中にはロケットランチャーまで所持している場合も有り、まるで、軍隊並みの装備を持つケースも多い。そして、その行動も訓練を受け組織化された集団のようである。
 海賊の犯行形態は、年々変化している。海賊たちの組織が変わり、狙う獲物の対象が変わってきたのである。2000年前後には、高価な積荷を奪い売却する国際海賊シンジケートによる犯行が主流で、積荷とともに船も奪われ、船名を変え船体も塗り替えられ、幽霊船と呼ばれ別の船になりすまし運行されていた。しかし、国際海賊シンジケートは、アジア各国の海賊対策の連携強化により霧散していった。その後は、沿岸部に暮らす人々がスピードボートなどを使い、沖行く船に忍び込み金品を奪い逃げるような、昔からある海賊の形態をした事件が起こっていた。これらの事件は、沿岸部の村落の人々が徒党を組み犯行を行っていたことからロビンフット型海賊と呼ばれた。ロビンフット型海賊の狙いは、船用金や船員の私物などを盗むことにある。
 そして、ここ数年増加しているのが、重武装化し、訓練されたような行動をとり犯行を行うテロリスト海賊と呼ばれるグループである。アルカイーダなどのイスラム過激組織の活動が活発化していた2001年6月、インドネシアの反政府武装組織「アチェ自由運動(GAM)」のスポークスマンは、マラッカ海峡を航行しようとする船舶はGMの許可を受けなければならないと一方的に宣言し、実際に通航する船舶を襲撃したことから、武装化した海賊をテロリスト海賊と呼ぶようになった。テロリスト海賊の狙いは、高価な積荷や船用金などでは無く、船員を人質に取り身代金要求をすることにある。そのため、大型船よりもスピードの遅く襲撃しやすい小型のタンカーや漁船、タグボートなどを獲物としている。

■■■■■■ 船員及び乗船者の被害数 (人) ■■■■■■

【1999年】【2000年】【2001年】【2002年】【2003年】【2004年】
人質 (402) (202) (210) (191) (359) (148)
誘拐・身代金要求 (86)
脅迫 (21) (72) (45) (55) (65) (34)
暴行 (22) (9) (16) (9) (40) (12)
傷害 (24) (99) (39) (38) (88) (59)
殺害 (3) (72) (21) (10) (21) (30)
行方不明 (1) (26) (-) (24) (71) (30)
被害者合計 (473) (480) (331) (327) (644) (399)

■出典:IMB年次報告書

「アロンドラ・レインボー号」事件

 マラッカ海峡における海賊事件で思い起こされるのは、1999年10月に起こったアロンドラ・レインボー号事件である。アロンドラ号は、インドネシア・スマトラ島中部のクアラタンジュン港から12億円相当のアルミニューム・インゴットを積み日本へ向かう途中、マラッカ海峡で海賊に襲われ、積荷と船を奪われ、日本人の船長・機関長を含む十七人の乗員は、救命筏に乗せられ海上に放置された。乗員は、十日におよぶ漂流の後、タイの漁民に救出され九死に一生を得た。アロンドラ号は、船体の色を塗り替え、船名も変え航行していたが、インド洋を西に向け航行中、インド・コーストガードに発見され、船を操船していた海賊グループとともに拿捕された。積荷は、半分が船内に残っていたが、半分が消え、後日、中国経由でフィリピンに売却されたことが判明している。
 アロンドラ・レインボー号事件の発生は、アジア各国の海上警備機関、特に日本の海上保安庁に警鐘を鳴らし、海賊対策における国際協力の契機となった。

マラッカ海峡における海賊対策

 マラッカ海峡に出没する海賊は、沿岸に無数に散らばる小島や入江を根城に活動し、海峡に横たわる国境という壁を巧みに利用し犯行を行っている。マラッカ海峡はインドネシア・マレーシア・シンガポールのいずれの国かの領海となっている。仮に一国の警備当局に追跡されても他国の領海に逃げれば追尾されることは無い。国境を越えた警備・取締りを行うためには、国際的な協力が不可欠であるが、実際の行動にはまだまだ越えなければいけない障壁が多い。各国ともに、主権を意識し自国領海内の犯罪に対し、独自の対応を行っている。 何度か開催された国際会議により、既に机上の協力関係は構築されているが、問題を解決するためには実行を伴うことが必要なのである。具体的にはIMO(国際海事機関)を中心に多国籍の警備システムを構築し、マラッカ海峡沿岸国による共同海賊警戒の実施などが有効であろう。また、国境にとらわれないで海峡内を走り回れる民間機関(NGO)による海賊警備船の航行も考えられる。
 5月24日に開催された海洋フォーラム(海洋政策研究財団主催)において、危険にさらされる船員の立場を考えた海賊対策を望む声があった。マラッカ海峡の最大の利用国である日本の政府、船社、船員は一体となり、マラッカ海峡の航行安全のため海賊対策に取り組む必要がある。
 



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