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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 靖国参拝  
コラム名: 透明な歳月の光 164  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2005/06/27  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ■示される平和への姿勢

 総理が靖国に参拝するかどうかについてのさまざまな人の意見は、私にはなかなか役に立つものだった。面識のない人の意見まで、いながらにしてわかったからである。
 中国や韓国が嫌がるから参拝するな、というのは、商売人の資質である。それは政治家であれ経済人であれ、1流の人格と哲学を持つ人の口にすることではないだろう。それは政治的配慮だというが、行かなければ中国や韓国が高く評価するということはないのだからおかしい。今度はうまくやっつけた。次回は何に文句をつければ日本の出ばなをくじくことができるか、ということになるだけだ。
 そんなことを考えていたら、古い雑誌の切り抜きで「ユダヤ・ジョーク」というのが出てきた。私は笑い話を集める趣味があるのである。
 ある時、ユダヤ教のラビの運転する自動車と、カトリックの神父のマイカーとが衝突した。ラビというのはユダヤ教の教師のことである。
 ひどい事故で双方の車は大破したが、幸いにも2人はけがもしなかった。これは神のご加護のおかげで、あなたとは生涯友だちとして平和に過ごすようにとの、神のお計らいに違いないとラビは言った。
 神父も心から同意した。その上、ラビの車からは奇跡のように1本のぶどう酒が割れずに出てきたのである。ラビはこれは神が2人に幸運を祝って飲むように望んでおられたからだろう、と言った。ほんとうにそうとしか思えない和気あいあいの瞬間である。
 ラビがぶどう酒の壜(びん)の口を開けてまず神父に飲ませた。神父はたっぷり飲むと、壜をラビに返したが、ラビは壜に栓をして神父に返した。
 「おや、あなたは飲まないんですか」
 神父は聞いた。するとラビは答えた。
 「いや、私は警察官を待つことにしますよ」
 神父は酔っ払い運転の犯人として、事故の責任を全面的に負うわけである。どうみてもユダヤ教の勝ちという話だ。このあざとさが政治というものの本質だろう、と思う。
 靖国の意味は、終戦後変質している。宗教を超えて、戦争賛美ではなく戦争とその悲劇を悼む場所になった。朝日新聞系のテレビの解説委員はその変化を全く解説せず、旧態依然の靖国の位置づけで中国側を代弁している。
 私が9年7カ月働いた日本財団1つをとってみても、1981年から今までに、関連財団をも含めた中国援助の総額は、18,995,985,000円に上っている。もちろんこれらはすべて人道と平和構築のためだ。
 私たち夫婦は今年8月15日に靖国に参る。しかし誰も誘わず誘われず、個人の表現として行く。そうした人々がおのずと日本人の平和への姿勢を見せるだろう。
 



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