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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ハンセン病 各国の人権回復、まだ途上  
コラム名: 論点  
出版物名: 読売新聞  
出版社名: 読売新聞社  
発行日: 2005/03/24  
※この記事は、著者と読売新聞社の許諾を得て転載したものです。
読売新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど読売新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   厚生労働省が有識者に委託して設置した「ハンセン病問題検証会議」の最終報告書が、先ごろ公表された。ハンセン病強制隔離政策について、2年余りに及ぶ調査検証の結果、国の責任にとどまらず、宗教界、言論界などすべてに反省を促す内容である。
 今後、国はもとより我々に課せられた責任は患者、回復者への差別払拭(ふっしょく)、人権回復にいかに取り組むかである。
 ハンセン病は、医学と社会(人権)の2つの側面を持つ病気である。
 医学的には「治る病気」である。「多剤併用療法」(MDT)の出現により、1980年代以降、世界で1400万人が疾病のくびきから解放された。WHO(世界保健機関)は今、本年中に各国の人口1万人当たり患者を1人以下にする「ハンセン病制圧」に向け、懸命の努力を傾けている。
 116か国ですでに制圧、残る未制圧国は9か国だが、国土、人口ともに最大のインドでの制圧のめどがたち、あと一歩である。私はインド、マダガスカル、ブラジルなどの医療現場を訪れ、第一線で働く人々を激励するたび、百里の道の九十九里まで来たことを実感している。
 偏見、差別といった今一つの社会的側面の課題は、我が国のみならず世界中に蔓延(まんえん)したままである。MDTによって完治した1400万人の人々のほとんどは、社会復帰ができないまま、現在も事実上の隔離状態に置かれていると言ってもよいだろう。
 私は3年前、世界的に患者、回復者の人権回復を実現するには、国際機関に訴えるのが最良の道と考え、文字通りの徒手空拳でジュネーブの国連人権委員会の門をたたいた。国連人権委員会事務局にとって「ハンセン病と人権」は初めて耳にする言葉であった。
 紆余(うよ)曲折の末、昨春、幸いにも本会議で発言する機会を得た。私はハンセン病についての偏見や差別をなくすために、なすべき指針を作成し、各国に実情に即した措置をとるよう勧告することの必要性を説いた。そして、国連人権委員会は、小委員会が今年8月末までにハンセン病患者や回復者への偏見と差別の実態を調査し、委員会に報告させることを決めた。
 本年に入り小委員会による患者や回復者からの事情聴取が開始された。2月、南アフリカのヨハネスブルクで開催されたアフリカ・ハンセン病会議には委員が駆け付け、15か国・25人の回復者からの事情聴取がなされた。また、3月初めにはブラジルのリオデジャネイロで開催された「ハンセン病と人権」の会議でも、4人の委員が参加し、回復者の聴取にあたった。
 こうした小委員会の調査活動は今後インドでも行われ、8月には委員会に報告書が提出される予定である。問題はそれからである。提出された報告書を本会議の議題として提案し、審議するかどうかだ。国際と名が付く機関では、各国間の思惑や駆け引きが伴い、すんなりといかない場合がある。しかし、私はそうした懸念は無用と考えている。
 我が国政府は、ハンセン病隔離政策の誤りを認めた。これは世界でも、まれな画期的なことである。私は、我が国政府が今後、国連人権委員会の場において、積極的に「ハンセン病と人権」の推進役を果たすことを信じて疑わない。ハンセン病は医学の面では九十九里をきたが、人権問題は今、ようやくその遠い朝に向かって、百里の道の最初の一里を踏み出したところだ。

ささかわ・ようへい WHOハンセン病制圧特別大使 日本財団理事長。読売国際協力賞受賞。66歳。
 



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