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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 愛知万博  
コラム名: 透明な歳月の光 153  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2005/04/04  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   「誠実」という徳の輝き
 今私が働いている日本財団が、名古屋の「愛・地球博」に資金をお届けする役目をしたので開会式に出席した。現実に約25億円ほどのお金を拠出してくれたのは、全国のモーターボート競走なのである。
 式典はよく計算された楽しいものだった。この手のものは、あまり芸術的だったり前衛的だったりすると、私のような普通の感覚の人間はついていけないが、古典的手法を踏襲して済むことでもない。その苦労がよく伝わっていた。
 お言葉を頂いた天皇陛下は、別にこの開会式の予行演習をごらんになったわけでもないのに、実にその場に合った今日的な感覚をお持ちの方だということに驚いた。ただ開会を祝うだけでなく、若い日の皇后さまと大阪万博の会場を名誉総裁として度々訪れられ、その時のテーマ「人類の進歩と調和」に思いをはせられたことを語られた。「陛下はご自身でお言葉をお書きになっておられるのですね」と感激している人が何人もいたが、それは人生に対する誠実という徳の香りを感じたからである。徳は、皇室でも庶民の生活でも、常にいい香りがする。周囲の人たちに生きる喜びを与える偉大な行為である。
 喜びと言えば、式の最後に障害者の子供たちが現れた。年齢が幼いこともあって、観客の方に向かって手を振らなければならない役目をきれいに忘れて、ぽかんとこちらを見ている子もいて実にかわいかったのだが、後ろにいる年長の子がそれに気がついて、子供の両手に自分の手を添えて振ってやった。するとその小さな子は突然自分の役目を思いだし、一生懸命に手を振り出した。それもやはり誠実という徳の輝きを帯びていた。
 子供たちの中に、1人ピンクの帽子をかぶった女の子がいた。他の子は皆帽子などかぶっていないのだから、この子は頑強にお気に入りの帽子を脱がなかったのだろう。
 その女の子は後列の端っこで手を振る代わりに踊っていた。周囲に大観衆がいることなど気にも留めず、世界中から集められた一流のオーケストラ・メンバーによる生伴奏を背後に、無我夢中で踊っていた。
 私の隣には博覧会国際事務局長のビセンテ・ゴンザレス・ロセルタレス氏が座っておられた。本当に期せずして、私たちは同じようにその子に注目していたことになる。「見てごらんなさい。あの子は実に楽しそうに踊ってる」と氏は私に囁(ささや)いた。
 私もまさに同じように感じていたのだった。彼女はその時、与えられた時間を最高に楽しむすべを知っている人だった。その他の多くの出席者は、彼女ほどその状況と時間を活用してはいなかったろう。それも1つのみごとな才能だと思うと、博覧会の意義も自然に伝わってきたのである。
 



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