共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 「国連人権委員会でハンセン病問題を決議」  
コラム名: 「国連人権委員会でハンセン病問題を決議」  
出版物名: 多磨  
出版社名: 多磨全生園自治会企画編集委員会  
発行日: 2004/11  
※この記事は、著者と多磨全生園自治会の許諾を得て転載したものです。
多磨全生園自治会に無断で複製、翻案、送信、頒布する等多磨全生園自治会の著作権を侵害する一切の行為を禁止します。  
   私は世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使として、インド、ブラジル、ネパールなど未制圧国(6ヵ国)を中心にハンセン病制圧活動のため年間約100日以上各国の現場を訪問しています。私は訪問国の政治指導者、ハンセン病制圧担当者、マスメディア関係者などに対して、必ず3つのメッセージを伝えています。「ハンセン病は治る病気である」「診断と治療は最寄りの保健所で受けられ、治療薬は無料」「ハンセン病は恐れる必要のない病気であり、偏見・差別は全く不当である」という3点です。特に3番目のメッセージについては、国の政治指導者やマスメディアなどが正面から取り組むことの重要性を強く訴えてきました。患者や回復者たちは、偏見に基づく差別により、社会のみならず、家族からも見放されるという宿命を、長い間背負ってきました。これは、歴史上最も古くから存在する人権問題であると私は考えています。
 残念ながら、いまだに世界において根強い差別に多くの人々が苦しんでいます。しかしこれまでこの問題は、社会的にほとんど取り上げられてこなかったのです。ハンセン病には医学的な面と社会的な面の2つの側面があります。医学的側面から見ると、1985年以降世界中で1350万人の患者の病気が治癒し、現在患者数は約50万人にまで減少しています。しかしながら、ハンセン病という狭い専門分野での医学的な対応に専念するあまり、社会的側面である差別の問題までは人々の関心がおよびませんでした。患者や回復者は社会的に隔離され、自らの声を発することさえ許されなかったのです。そのために彼らの声を真剣に聞き、人権問題として世界に訴える声は今まであがってこなかったのです。また、エイズや結核患者などへの対策は世間から注目され、国民にも受け入れられ易いために国連機関や各国の保健省も迅速に対応してきましたが、ハンセン病だけが社会から置き去りにされてきた感は否めません。
 世界には約50万人のハンセン病患者と2000万人を超える回復者がおり、その家族を含めると1億人を超える人々が社会のいわれのない差別に現在も苦しんでいます。完治する病気にもかかわらず、患者、回復者は教育、結婚、就職の機会もなく、本人の死後も、家族が差別の対象となっているという厳しい現状にあります。私はWHOハンセン病制圧大使の立場で、ハンセン病にかかる人権問題を解決するためには、国連が、法制度、学校教育、啓蒙活動など様々な面で、偏見や差別をなくすための行動指針を作成し、各国に必要な措置をとるよう要請することが重要であると考え、国連人権委員会をはじめ、WHO、関係機関などに積極的な働きかけをしてきました。
 2003年7月、私はスイス・ジュネーブで国連人権高等弁務官事務所のバートランド・ラムチャラン人権高等弁務官代理と会談し、ハンセン病を取り巻く偏見や差別の悲惨な現状を訴えました。ラムチャラン氏は「こんなに大きな人権問題が存在することを初めて知った。これは真剣に取り組むべき課題だ」と私に語り、ラムチャラン氏と私の間で「ハンセン病患者、回復者などに苦しみをもたらしてきた差別と社会的スティグマは人権という観点から取り上げるべき問題である」という正式合意に至りました。同年8月には、エチオピア、米国、インド、フィリピンの回復者や専門家をジュネーブに招き、ハンセン病史上初めて国連人権委員会の下部機関である人権促進・保護小委員会で、患者、回復者、家族が直面する社会的差別の問題を世界に訴えました。
 また、私は今年の3月に国連欧州本部で開催された第60回国連人権委員会本会議で、53ヵ国の各国代表の前で初めて「ハンセン病と人権」についてNGO代表として報告しました。この本会議と並行して、ブラジル、米国、インドからの回復者、家族、関係者による特別報告会も組織し、各国の差別の歴史と現状を会議参加者に直接訴え、世界的反響を呼びました。

 さらに7月には、ジュネーブで第56回人権小委員会会議に出席している委員(26人中22人出席)を対象とする会合を開き、ハンセン病の差別の実態を報告するとともに問題解決へ向けて、小委員会として行動を起こしてもらうべく、働きかけを行いました。この席で、国連人権小委員会ソラブジー議長(インド代表)をはじめ、出席した委員からは強い賛同の意思表明がなされました。その甲斐があって、8月9日第56回国連人権委員会人権促進・保護小委員会は、26名の委員の合意を得て、ハンセン病の患者、回復者、家族に対する人権侵害の問題を正式に議題として取り上げ、この問題についての事実調査を行う決議を採択しました。第1次調査の結果は来年開催する第57回小委員会で報告されることになります。
 このように、国連人権委員会がハンセン病に対する偏見や差別を人権上の問題として位置づけ、事実調査を行う決議が採択されたことは、世界中でハンセン病に悩まされてきた人々が日々直面する苦しみに対し、光明を見出す契機になると確信しております。病気としてのハンセン病制圧は「百里の道のりの最後の一里」まで来たものの、人権問題としてのハンセン病は、まだ最初の一里が始まったばかりです。人権問題としてのハンセン病に対する取り組みの方向性が見えてきましたので、私は今後様々な方面から支援を求め、一歩一歩確実に進んでいきたいと考えております。皆様のご理解とご支援を賜れば幸いです。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation