共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

資料庵

日本財団

サイト内検索
Topざいだん模様 > ざいだん模様情報
著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: インド、ブータンを訪問して  
コラム名: インド、ブータンを訪問して  
出版物名: 菊池野  
出版社名: 菊池恵楓園入所者自治会  
発行日: 2004/10  
※この記事は、著者と菊池恵楓園入所者自治会の許諾を得て転載したものです。
菊池恵楓園入所者自治会に無断で複製、翻案、送信、頒布する等菊池恵楓園入所者自治会の著作権を侵害する一切の行為を禁止します。  
   今回は、1月に続いて今年2度目になるインドを訪問しました。6月4日?5日の2日間、デリーにて国際ハンセン病連合の主催によるワークショップ「ハンセン病制圧促進のための啓発戦略会議」に参加しました。2005年末までのハンセン病の世界的な制圧に向けて、NGOやメディアの役割が重要であることはこれまでに認識が高まっていますが、より効果的に活動を実施できるようどのような戦術をとるべきか検討することが今回のワークショップ開催の目的でした。参加者はNGOの代表者、新聞や放送局の代表者、回復者を含めた約30人程でした。私はワークショップの冒頭のスピーチとコメントの中で、4つの点について述べました。
 第1に、ハンセン病について読者や視聴者の方々が興味を持ってくれるような情報は何かを考えること。
 第2に、ハンセン病と闘っているメンバーの中で回復者ほど社会に対して説得力のある人々はいないとの認識を持ち、回復者の方々がもっと積極的に活動できる機会を提供すること。
 第3に、ハンセン病はようやく他の疾病との医療統合が進んできたものの、制圧活動と偏見に基づく差別の解消のためには、ハンセン病の正しい知識を広げる啓蒙活動もあらゆるセクターの協力を得て統合すべきということ。
 第4に、ともすればハンセン病の医学的側面が強調されてきたが今後は患者、回復者、家族の尊厳回復と社会復帰のために人権問題として世界に訴えていく必要性があること。
 ワークショップの参加者は、4つのグループに分かれ、それぞれNGOの役割、メディアの有効な活用方法、患者や回復者の方々の自立支援における回復者自身の役割等のテーマについて意見が交換されました。
 ハンセン病の患者、回復者が社会に復帰し、尊厳を回復し、いわれのない差別を受けないようにするためには、行政組織は言うまでもなく、広い意味でのNGO、すなわち企業、労働組合、教育機関、社会活動を行う団体等の全ての組織を融合させる国民的な運動が必要です。そのためにはメディアの役割が重要であるとワークショップ参加者は確認しあいました。メディアには主に活字、映像、放送の3種がありますが、辺境地域に住む貧困層にまでハンセン病に関するメッセージを到達させるには、伝統芸能や歌、踊り、人形劇等の方法も利用することが有効です。
 また、患者や回復者が自ら社会復帰に向かうようにするためには、病気から回復し、既に経済的、社会的活動を行っている回復者が名乗りをあげ、回復者リーダーとして他の患者や回復者に働きかけていくことも必要です。このようにあらゆる方面からハンセン病に関する正しい知識を広めることが、ハンセン病の医学的側面、社会的側面の両方から解決することに繋がるのです。
 ワークショップでは今後の課題として、3つのポイントが挙げられました。
 1つ目は、蔓えん率の最も高い5州において、州内の政府官僚、メディア、回復者を集めた制圧会議を開催し、州における制圧に向けて彼らの意識を高めること。
 2つ目は、メディアがハンセン病について報道する場合にそのまま利用可能な情報を提供するハンセン病専門のリソースセンターの開発が可能かどうか検討することと、ジャーナリスト自身のハンセン病に関する知識を高めること。
 3つ目は、社会的にある程度成功しており、自立した生活を送ることができている回復者の人々に患者の早期発見と回復者の尊厳回復のために活動してもらうこと。
 私は、これら3つの課題について、参加者の皆さんに真剣に取り組んでいただけるよう支援していきたいと考えています。特に回復者自身が患者、回復者のスポークスパーソン役を担い、彼等の尊厳の回復に取り組んでもらうことは、インドにおいて画期的であると感じます。
 世界の患者の約7割を占めるインドにおいて、2005年末までにハンセン病を制圧するためには、より多くの人びとが一体となって協力する必要があるのです。ワークショップ期間中、新たに世界保健機関(WHO)東南アジア地域事務局長に就任したサムリー・プリアンバンチャン氏にお会いすることができ、ご自身の任期中に必ずハンセン病を制圧すると固い決意を表明してくださり、大変心強く感じています。
 インドに引きつづいて、ブータンも訪問しました。ブータンでは、1997年に既にWHOのハンセン病制圧目標が達成されていますので、ブータンでのハンセン病制圧の経験から他の蔓えん国が学ぶことはないだろうかと考え訪問したものです。ブータンはヒマラヤ山脈の二、三千メートルの山々に位置する小国で、昔ながらの伝統を守る、環境豊かな場所として知られています。

 今回は、まず1966年にハンセン病専門病院として設立され、1981年まで制圧活動の中心であったギダコム病院を訪問して、ブータンにおけるハンセン病の状況について話を伺いました。
 現在は総合病院としてハンセン病以外の患者も受け入れており、ブータンに3つしかない地域病院の中の1つとして運営されています。小規模なハンセン病コロニーが隣接しており、回復者が政府から提供される住居で生活をしていました。一つ屋根の下で2組の夫婦が共同生活を送り、簡単な工芸品やハンディクラフト製品で収入を得て生計を立てている様子を伺うことが出来ました。質素な生活ではありますが、できる範囲で自立して暮らす彼等の明るい笑顔がとても印象的でした。
 ブータンでは、1960年代に政府の制圧活動が開始され、1962年には王室が英国救らいミッション(TLM)を招聘し、2000年までTLMを始めとしたNGOが軸となり活動を続けてきました。1960年代以前は、患者はコミュニティーの隅で小さなコロニーを作って暮らし、治療はインドのウェストベンガル州まで行くか、もしくは同州から医者が来ない限りはほとんど無理であるといった状況でした。
 政府による制圧活動が開始された時点で約4,000人いた患者は、1982年に導入されたMDTの効果もあり現在は罹患率が0・50、新患数が2003年には18人にまで減少しています。現在、ハンセン病専門スタッフ10人程が特定の地域で働いていますが、政府の対策プログラム自体は他の疾病対策プログラムと統合され、ハンセン病の制圧ならぬ根絶を目指した活動が継続されており、回復者の方々が社会復帰できるよう、また将来新患数が増加するという事態を防ぐよう、特に啓蒙活動に力を入れています。
 ブータンがハンセン病制圧に成功したのは、国民に深く慕われている国王と王室が、ハンセン病制圧を1950年代以降サポートしてきたという背景があります。後にも述べますが、ブータン政府は国王のリードのもとに国民を重視した政治を行っており、人々は国家のトップである国王を大変尊敬しているので、国王の積極的な支援がある分野については国民も力を入れる傾向にあるのです。ブータンは、数値目標としてのハンセン病制圧には成功していますが、問題が残ってないわけではありません。患者の発見が遅いために障害が残る率が高いという現状があります。早期発見を妨げている理由としては、1つは患者の移動を困難にするブータンの険しい山々が挙げられますが、もう1つはやはり社会的スティグマだと思います。目に見える障害がスティグマをより根強くしていたため、ハンセン病教育の重要性が再認識されるところであると感じました。
 今回の訪問の調整については、WHOのブータン事務所代表の久保田英先生がご尽力下さいましたが、ブータン政府も大いに我々を歓迎して下さいました。短い訪問ではありましたが、保健大臣と首相とお会いすることができ、大変に有意義なお話を伺いました。
 保健大臣はブータンにおける保健制度について説明をしてくださいました。ブータンでは、国王の方針により教育や医療などの社会福祉制度が全て無料で提供することになっているそうです。医療サービスも1961年の制度開始以来無料で提供されています。医療機関を設置するときは地理的な要素と人口の分布に配慮され、現在約四、五〇〇〇人につき1箇所ずつべーシック・ヘルス・ユニットが設置されるようになっていますが、医療機関まで徒歩で1週間かかるような所もあり、またブータン全土で自国民の医者が約100人、外国人の医者が約30人しかいないことからも、制度が十分なサービスを提供しているわけではないということがわかると思います。
 ブータンにおいて近年増加している疾病は心臓病、糖尿病、高血圧、精神病等で、MRIやCTスキャン検査の二ーズもあるものの、これらの検査を受けるには、国費でインドに行くしかないという現状があります。また、妊婦死亡率を下げることも優先課題の1つです。このように医療制度や保健の分野で改善が求められる部分はありますが、それでも人間が生活する上で必要かつ国家の発展のために重要であると考えられる教育と医療について無料で提供するというのは素晴らしいことではないでしょうか。
 ブータンでは、近代医療と並び伝統医療も積極的に活用されています。保健大臣のお話を伺った後日、保健省管轄の国立伝統医療研究所(Institute of Traditional Medicine)を訪問することができましたが、ここでは、植物、動物、鉱物等から漢方や伝統的な薬が生産され、国内の各医療機関に配布されています。

 ブータンでは、全ての医療機関で西洋の近代医療とブータンの伝統医療が提供され、患者は治療法を選択でき、どちらも無料で治療を受けることができます。このような選択肢の豊富さから見ると、先進国の医療制度よりも進んでいる部分があるかもしれません。生産される薬の中には、輸出され国の収入源の1つとなるものもありますが、今後は更にそれらを利用したアロマテラピーや化粧品等の分野で輸出を拡大していけるようマーケティングや研究開発などに力を入れるそうです。私は薬品としてではなく栄養補助食品(サプリメント)として売り出せば、現在日本のようにサプリメント市場が拡大している国においては経済的に成功するのではないかと1つ提案をしてみました。
 日本財団でも、世界各国の伝統医療のリバイバルを促進しようと近年取り組み始めたばかりなので、ブータンの伝統医療のお話を伺えたのは大変勉強になりました。
 ブータン政府は、医療サービスを提供するために基金を設置して、現在も基金の増額、運用を通して制度の充実化を図っています。実は、日本財団はWHOに笹川健康賞という賞を設置しており、保健の分野に貢献した人、団体に対し毎年賞金として10万ドルを差し上げていますが、1997年にはブータンがこの賞を受賞していました。賞金は基金に投入され、薬の提供も含んだ基本的なヘルスケアを国民に与えるために運用されています。国民全員に平等な医療サービスを提供できるようになり、有料化が実現できるまでには後15?20年は要するとのお話でしたが、それまでは無料で制度を充実していく方針だそうです。
 保健大臣並びに首相のお話から私がもっとも感銘を受けたのは、国際的に経済発展の指標として利用されている国民総生産(GNP=Gross National Product)の代わりに、ブータンでは国民総幸福度(GNH=Gross National Happiness)という概念を中心に国の発展を図っているというものでした。GNHは数値として表せるものではありませんが、国の発展を目指す上で物質的な充実度だけではなく、伝統を維持し、社会福祉が平等に提供され、精神的な安定が得られるであろうとされる政策を実施する政治指針となっており、他国に類を見ない、ブータンを特徴づける素晴らしい概念です。
 GNHとは、ブータン人の心に元々あった理想の経済発展のイメージを国王が明確な言葉を用いて表したものとしてとらえることができます。この概念の本質は、国王や政府が幸福を何らかの形で作り出し、それを国民に与えようとするものではなく、国民全体が一丸となって幸福度を高められる発展を目指すことにあります。幸福度はあくまで国民全体の、すなわち“Gross”(国民総生産の「総」の部分)のものを高められるべきであって、個人の幸福が優先されるものではありません。そして幸福度は物質的に豊かになることで高められるものではなく、環境の豊かさや精神の充実を求めることで高められるものなのです。
 このような社会全体の発展は、ブータン人の夢であるとともに、全人類が望む理想でもあります。このような精神は、特にアジアの先進国において、経済発展の過程で忘れ去られてしまったものではないでしょうか。
 GNHの概念は4つの柱から成っています。
 1つ目は、経済的社会的発展が平等に国民に与えられ、かつ持続可能なものであること。これは4つの柱の中で唯一平均寿命、識字率、就学率、平均収入等の数値によって計ることができます。
 2つ目は、ヒマラヤ山脈のデリケートな生態系と環境を保護すること。
 3つ目は、良い文化や伝統を維持し、捨て去るべきものは捨て、海外から入ってくるものについては厳しく精査すること。
 4つ目は、良好な政治情勢を保つよう民主的な政治制度へ段階的に移行し、立憲君主制を確立すること。
 これらの4つの柱を通じてGNHを高めることが、物質面、精神面においてバランスのとれた発展に繋がるということでしたが、私はできることならこの概念を再度アジア各国にて広めたいと思うようになりました。過去数十年の経済発展で、アジアの多くの国は物質的には大変豊かになりましたが、競争や貧富の差はどんどん拡大し、精神的には必ずしも豊かになっていないのではないでしょうか。
 ブータンは、アジアが一時目指した理想の発展路線を実現するべく取り組んでおり、他国もこの国から多くの学ぶべきことがあると思います。

 私は、ヒマラヤ山脈という厳しい環境の中で、伝統を守り、精神の幸福を求めて経済発展を目指す人々の姿勢を見て感銘を受けました。人々は街中を伝統的な衣装を着て歩き、また伝統的な造りの住居に住んでいるので一見他国よりも貧しく遅れているように見えますが、実は誇り高く生活しているのです。最近、テレビや携帯電話がやっと普及し始めたこともあり、今後は若い年代の中で近代的なものをもっと追い求める傾向もでてくるかもしれませんが、ぜひGNHを実現する発展路線を進んでいってもらいたいと思います。国家の発展がいかに政治の安定と国民の一体感にかかっているかがわかる訪問となりました。
 実は、ハンセン病制圧も、政治の安定と国民の一体感が必要です。ブータンが制圧に成功した大きな理由は、この2つが備わっていたからともとらえることができるかもしれません。他国もブータンから学べるところは学び、制圧に向けよりいっそう努力する必要があるでしょう。
                                              以上
 



日本財団会長笹川陽平ブログがスタート!

Copyright(C)The Nippon Foundation