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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ネパール訪問  
コラム名: ネパール訪問  
出版物名: 邑久光明園慰安会  
出版社名: 邑久光明園慰安会  
発行日: 2004/07/08  
※この記事は、著者と邑久光明園慰安会の許諾を得て転載したものです。
邑久光明園慰安会に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど邑久光明園慰安会の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
 
   本年4月中旬、かねてからの念願であったネパール国訪問をついに実現することができました。この国は、ハンセン病の有病率が特に高い6ヵ国の1つであり、私はこれまでに(特別大使として)他5ヵ国をすでに訪問しましたので、今回のネパール訪問をもって主要な蔓延国すべてを訪問したこととなります。
 ネパールは人口2480万人強の国です。保健省の報告によれば、2004年3月中旬現在、ハンセン病患者数は人口1万人あたり2・4人の有病率とされています。これは、2003年2月時点での有病率3・4人と比べても1人の減少が見られます。さらに、約15年前には1万人あたり70人の有病率であったことを考えれば、同国では着実にハンセン病制圧が進んできたといえます。(その歩みを見ると、1982年の複合療法(MDT)導入後、1987年には一般保健医療サービスシステムヘの統合がなされ、1996年にはMDT配布が全国75地域でカバーされました。)しかし、75地区のうち、31地区で制圧が達成されているものの、西部山岳地帯や、東南部のインドとの国境沿いの地域では、有病率が1万人に5人を超える所もあり、2005年の制圧に向けて更なる努力が必要であることは言うまでもありません。
 今回、私はネパール中部地域にある首都カトマンズ市内及び近郊に4日間滞在しました。この国における近年の毛沢東主義者の反政府活動活発化に伴う政治不安もあり、ハンセン病制圧の最前線である地方への視察にはいたりませんでした。しかし限られた範囲ではありましたが、大変有意義な時間を過ごすことができました。
 まず訪問の中心となったのは、首都カトマンズにおける政治指導者との面談でした。スリヤ・バハドゥール・タパ首相とベク・バハトゥール・タパ保健大臣にお目にかかり、制圧に向けての政府の努力を一般の啓蒙と医療活動の両面でお願いしたところ、政府ではハンセン病制圧に高い優先順位をおいた活動を政策面、実行面の両面で実施しており、2005年までの制圧目標のための努力をしているところであるとのこと。首相からは、ハンセン病についての教育を学校教育のカリキュラムにも取り入れており、またメディアをより活用することで、広く国中に知識を広めて行く決意だと発言されました。私から、ハンセン病制圧の問題を大きな社会運動とするためにも、ハンセン病に特化したNGOだけでなく、地方で社会活動をしているNGOに働きかけて正しい知識を広めていただくこと、また、ハンセン病を専門とするNGOとのより緊密な協力関係をもって制圧を進めていただくことを要請しました。
 保健省保健政策アドバイザーのリタ・タパ博士は保健大臣夫人です。最近の保健戦略でハンセン病は最優先課題であり、中でも社会的病気である社会差別は特に重要であるというお話を伺いました。そして克服するためには、政府、NGO、民間などあらゆる部門の協力で、村レベルから国レベルでの社会運動を進める重要性を確認いたしました。
 その他、ロックマン・シン・カルキ保健長官やチャタウト保健局長とも対談し、2005年までの制圧達成に向け、あらゆるレベルからの参加、人材育成、村レベルでの社会運動が重要であるということで意見が一致しました。私がインドUP(ウッタルプラデシュ)州の学校におけるスキンチェックの宿題を通した家庭への普及の例を挙げると、長官も大変関心を持たれ、同じようなプログラムを進めたいと発言されました。ハンセン病担当官のビマラ・オジャ女史からは、ネパールではコミュニティーでの啓発教育プログラムを既にやっており、小学校の教科書にはハンセン病についての記述があるというお話を聞くこともできました。
 保健省関係者以外にも、今回は、社会福祉協議会のガネシュ・ガルング副議長およびプラバハ・バスネット書記長とも会談しました。同組織は政府機関の1つで、ネパールで活動する国際NGOおよび国内NGOの統括の役割を担っています。私は、「ハンセン病は治る病気である」、「薬は無料である」、「差別は許されない」の3つのメッセージを、すべてのNGOに対して広く普及していただき、NGOを通した広く社会全般への啓発促進を強く要請しました。

 訪問内容の2つ目は、啓発会議と記者会見です。この会合には、保健省、社会福祉協議会、ハンセン病関連NGO、世界保健機関、またメディアの関係者等、約35名の出席がありました。ここでは、「ハンセン病は治る病気」かつ「薬は無料である」ので、医療的問題として解決しなければならないこと、また、関係者の努力により患者数は急速に減少しているが、まだ一万人あたり2・4人の有病率があり、最終目標への第一歩である制圧を実現するには、政府、保健省の高いコミットメントが必要であることを確認いたしました。更に、ハンセン病の専門家だけでは目標は達成できず、3つのメッセージをネパール国民すべてに知ってもらうには、医療面のみならず社会活動家の統合も必要であること、また、地方で活動するNGO、教育、商業経営者、メディア関係者など多様なセクターからの啓発への協力をお願いしました。
 ネパール訪問の3つ目は、現地視察です。今回の訪問では、時間的制約と、毛沢東主義者の反政府活動という治安上の問題もあって、地方を視察することができませんでしたが、カトマンズ近郊で、ネパール救らい協会の運営するコカナ療養所、および英国救らい協会の運営するアナンダバン病院を視察することができました。両施設とも、私の父、故笹川良一が日本船舶振興会会長であった頃より深いつながりのあった所でもあります。1979年には、父はこの地を訪れ、病床にふす老婆の手を握って病の癒えることを祈った場所です。また、アナンダバン病院とハンセン病対策局に、トレーニングセンターを寄贈しています。これらの施設が当初の設立目的どおりに維持管理されており、うれしく思いました。そのような場所を今回訪問できたことは、大変感慨深いものがございます。
 まず、コカナ療養所があるコカナ村は、力トマンズから車で40分程のバグマティ川の河川敷にあり、その一帯には療養所の敷地が広がっていました。敷地内には、診療所、旧療養施設、看護ホーム、職業訓練センターなど、ハンセン病患者等の生活施設があります。ネパール救らい協会は、療養所、看護ホーム、回復者のケア等の管轄をしており、クリニックにおける治療については、保健省ハンセン病対策局の管轄になっています。
 まずクリニックヘ行くと、潰瘍の患者がヘルスワーカーから消毒・包帯の交換を受けていました。ここでは、ハンセン病以外の病気も見ているそうです。このアシスタント・ヘルスワーカーは常駐していて、ハンセン病対策局からは、週2回検査官が来ます。(また、週1回はカトマンズ市内の民間ドクターがそのスタッフと共に診療に来ます。この療養所は、クリニックは政府と民間医師がケアしており、その他衣食住をネパール救らい協会がケアしています。民間医療スタッフの1人である看護婦は、療養所に住む患者の家族であるとのことです。)療養所内には、全部で約200名強の回復者とその家族が生活をしていて、彼らを訪問し様々な話をしました。また、職業訓練センターも訪問すると、家具を作るための木・刃物などを磨く訓練風景が見られました。
 この療養所に住む家族の子供たちの中には、カトマンズ市内にあるネパール救らい協会が運営する学生寮へ入り、そこから市内の学校へ通っている子供もいるということを聞き、短時間ですがその寮も訪問いたしました。
 次の訪問地は、アナンダバン病院です。この病院は、1957年に英国救らい協会が設立し、運営されています。場所は、カトマンズから16キロメートル南のラリトゥア地区にあります。陸路で1時間ほどの山間にあり、ネパール最大のハンセン病病院で、中部人口の拠点病院です。121名のスタッフ(内、115名がネパール人)で、ベッド数は115。政府からの要請を受けて、早期発見と治療、障害予防と整形、回復者のリハビリ、ネパール国内のハンセン病制圧キャンペーン等、多岐に亘る活動を実施しています。また、この病院は現在、笹川記念保健協力財団の常務理事である湯浅洋先生が、1970年代に院長として勤務された地でもあります。
 ここでは、入院および外来病棟を訪れ、合併症やリハビリを受ける患者さんを訪問しました。また、ハンセン病の治療薬の耐性・ワクチンの研究室も視察しました。患者の中に、国境を接するインドのビハール州からやってきた人々がいました。インドとの国境地帯では、双方のハンセン病患者が国境を越えて出入りするため現状把握と治療が難しいという現況があります。この問題について私は、早急に両国の関係者が協議をする会議を組織することを提案してきました。

 保健関係者からの報告によれば、ネパールでは、ハンセン病制圧のための組織インフラは整っています(政府保健省の医療インフラは、病院79、保健所188、ヘルスポスト697、サブヘルスポスト3129と約4000近くの医療施設があり、3913の各村に1つはMDTをもらえる医療施設があることになります)。また、ハンセン病啓発教育も小学校レベルから実施されているということでこれには感心させられました。しかし、人材面での不足が大きく、組織インフラを活用できるような人材トレーニングがまだまだ必要です。
 また、政治不安を背景にして、ハンセン病制圧キャンペーン等の活動実施が75地域中25地域の範囲内に限られる等の問題も存在しています。
 更に、ネパールではこれまで、ハンセン病制圧を含めた国内のあらゆる社会活動は、国際NGO、国内NGOに支えられてきた歴史があります。その活動の中心となるべきNGOと、活動を推進する職務のある政府関係者との間の協力体制が限られたものでしかないことも課題の1つです。この状況は、制圧を進めるために、より良い方向へと早急に改善されなければなりません。
 9月にも再度訪問しますが、今後も時間の許す限りネパールを訪問して、特に地方の現状に触れることによって、ハンセン病制圧活動の一助になりたいと願っております。
 



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