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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: フジモリ氏のお酒  
コラム名: 透明な歳月の光 140  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/12/24  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   教えられた人生の面白さ
 暮れの一日、書庫の整理をしていると奇妙な形の日本酒の壜(びん)が出てきた。金属のボトルの底は丸くて自分では立たないのでいつも寝ていたのである。
 わたしはお酒飲みでないので、積み上げられた古い本に埋まっていたその酒壜の存在など忘れていたが、それがフジモリ元ペルー大統領の置き土産だということは記憶にあった。大統領辞任後の2000(平成12)年に私の家に3カ月ほど逗留(とうりゅう)された間、氏は書庫の一部を物置代わりにしておられ、その頃このお酒も片隅においてあった。
 引っ越された後、チリ産のブドウ酒1箱とこの見慣れない日本酒と男物の靴が2足残った。お忘れ物として後日連絡したのだが、「靴は私のではないです。お酒は要りません」であった。ブドウ酒はその後、私が勤める財団で働く人たちをねぎらうときに持っていって飲んでもらった。
 日本酒の壜を発見した日の夕方、アフリカの極貧地帯に共に入った人たちが会費制で集まることになっていたので、私は差し入れとしてこのお酒を持っていった。3年以上たっているお酒だから、お酢になっているか腐っているかわからない。やはり不安になってまず自分で飲んでみることにした。すると嘘(うそ)のようになかなかの味である。当日の出席者は安ブドウ酒を飲む人が多かったので、このお酒はやや見捨てられがちなままお開きになった。
 その日、食べ物飲み物の一部は階下で残業をしていた職員たちに届けられたが、その中にこの奇妙なお酒の壜もあった。職員の1人が中身よりこの珍しいボトルに興味を持ち、インターネットで調べると、次のようなことがわかった。
 このお酒は「北雪 大吟醸YK35雫酒チタンゴールド」で、「株式会社 北雪酒造」が売り出している。定価は21万円。恐らく大統領時代のフジモリ氏に誰かが献上したものなのだろう。3年以上、味に全く変化がなかった理由は、そのチタン製のボトルにあった。チタン容器はお酒を詰めた後に急速に冷やしても急激な温度変化に十分に耐え、鉄、マンガン、アルカリなど皆無だという。「蔵人が、心をこめて夜を徹して醸造したお酒を長期貯蔵しても、味、香り、そのままに保持できる夢の容器」なのだという。
 職員は、せめて空の容器だけでもオークションにかけてコレクターに売り、それを私が33年間続けている海外邦人宣教者活動援助後援会というNGOに寄付することを考えてくれたが、そのうちに事情を知った醸造元が1本ちゃんと中身の入ったものを寄付してくれた。
 これは年間ごく少ししか作らない幻のお酒なのだという。フジモリ氏の置き土産に醸造元の好意が加わって、アフリカの子供たちへの給食費や薬代となり、日本人の修道女たちの手で確実に届けられる。人生はほんとうに小説と同じくらいおもしろい。
 



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