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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 整理 生きているうちから協力  
コラム名: 透明な歳月の光 139  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/12/17  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   30年前の自分を考えると、私は決して整理のいい人間ではなかった。本の山の中から自分が必要な本を探し出し、その中の左ページの下段近くに目的の個所がある、というような動物的記憶を自慢していた。
 しかしこの頃かなりの片づけ魔になったのは年のせいである。もっともまだ少し雑事も残しているので、棚一段ずつ整理するとそれで「今日の仕事は終わり」にしたくなる。
 死が近くなるとケチになるというが、私も極く自然にその気配が見えて来た。守銭奴になったというより、使わないものを置いておくのが勿体(もったい)ない、と感じるようになったのである。そのもの自体の命、それを作った人たち、に、申しわけなくなったのだ。
 棚や押し入れの空間もまた私は貴重だと思うようになった。まだ地価の高い東京では棚の面積もばかにならない値段だろうし、それを必要なもので満たせる可能性もまだ残しておかなければならない。新しく買いたい本や食器はどこにおけるか、頭の中で予定を立てる必要もあるのである。
 昔、私の母は、風通しということを非常に大切だ、と私に教えた。まだモルタルなどというものは一般的ではなかった時代に、私の家の外壁も典型的な羽目板であった。その直ぐ傍(そば)に八つ手や南天や万両などの植物が植えてある。それらの植物が伸びて羽目板に触るようになると、母はすぐに自分で枝を払った。家の羽目板と植物との間に風が通らないと、植物と家と両方の健康によくない、というのである。
 後年中国やソ連などの社会主義国家を見た時、私は何よりも母の言葉を思い出した。跳ね上がりも出るかもしれないけれど、自由主義は、何より風通しがいい。魂が解放されて自由である。その代わりミノムシの蓑(みの)がないようなもので、危険は自分で負担する部分が多い。
 ハンドバッグや靴や服などをとにかく買ってきて、袋から出しもせずに置く人がいるというが、人間の才能は少ないものをどれだけ絢爛(けんらん)と使いうるかということにある、と私は思っている。デザイナーや女優さんやモデルさんには、あんな不思議な調和をよくもまあ、こんなにおもしろく使いこなすものだ、という才能を持っている人が多い。
 整理には時間がかかる。時には10年くらい必要かもしれない。もう死ぬまでものを買わない、という人もいるが、日本の国家をうまく経営してもらうには、人間をやっている限り、常にいささかの消費にも協力すべきであろう。旅行もして日本国自体が持つ力を活性化することも義務だと思う。死後遺族が、ものを捨てるのに膨大なエネルギーとお金と時間をかけたという話だらけなので、生きているうちから整理に協力するのが当然だと自然に思うようになった。
 



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