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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 人間社会 善悪超えた人いて当然  
コラム名: 透明な歳月の光 136  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/11/26  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   マーガレット・ハッサンさんというイギリス生まれの女性は、イラク国籍の男性と結婚してもう 30年間もイラクに住んでいたが、10月19日仕事帰りに誘拐され、その射殺シーンを撮影したビデオが流され、遺体も発見された。
 この女性は人道的な救援の仕事に行く途中で誘拐されたのである。
 誰しもが、マーガレットさんに限り、まちがいなくイラクという国に誠実と愛を注いできた、と信じられる。愛する夫の国が少しでも苦痛から逃れることができるように彼女は働いてきたのだろう。
 しかしジハード(聖戦)なるものを信じるテロリストたちにとって、彼女は単なるイギリス人であった。アメリカと親密な連携を持つイギリスに生を受けた人物であった。
 イスラム教徒なら女性は殺さない、という推測もあった。平和のために働いている人のことは必ず理解してくれる、とイラクで人質になって生還した日本のNGO活動家も言った。子供はあらゆる闘争の力の外にあるのだから子供を攻撃することはないだろう、という世界的な常識を裏切って、先ごろは給水設備の完成の祝賀行事に集まった子供たちが多数殺された。日本的な思考も世界の常識も通じない人たちがれっきとしているのである。
 つい先日、私はもっと単純な理解の齟齬(そご)で「悲劇」が起きた話に大笑いした。
 シンガポールでは鳥インフルエンザの影響で一時卵が買いにくくなった。シンガポールに住む私の日本人の友人は、日本に来るといつも私の家で新鮮な卵を食べていたので、「こっちへ遊びに来る時は卵を持って来て」と言っていたのである。
 大体、世界中で生で食べられる衛生的な卵があるのは、日本ほか少数の先進国だけという。私の友人は、私からお土産の卵6個を受け取ると、その夜は私との夕食も断って家に帰り、インドネシア人のメードさんに「ご飯を炊いてね。卵を生で食べますから」と言ったのだという。
 期待いっぱいで夕食用のご飯を見た時、彼女は愕然(がくぜん)とした。土鍋のご飯の中には卵が1個殻ごと厳かに立っていた。もちろん卵の中身はカチカチの固茹(かたゆ)でである。貴重な6個の生卵のうちの最初の1個は、こうして夢と消えた。
 メードさんにすれば、蛇でもないのに卵を生で食べる人がいるとは思いもしなかったのだろう。孵(かえ)りかけの半分雛(ひな)になりつつある卵を食べる習慣が日本人には信じられないのと同じだ。
 友人は生卵が茹(ゆ)でられたと知った時、「血圧が上がったのがわかった」そうだ。しかし翌日には、たかが卵1個でアタマに来た自分がおかしくて笑いが止まらなかった。
 人間社会には、善悪を超えて常に理解しがたい人々がいて当然だ、と私たちは最低限知るべきなのである。
 



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