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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ヨハネスブルグの夜  
コラム名: 昼寝するお化け  
出版物名: 週刊ポスト  
出版社名: 小学館  
発行日: 2004/11/05  
※この記事は、著者と小学館の許諾を得て転載したものです。
小学館に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど小学館の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ブルキナファソと言っても、それがどこにあるのか知らない日本人がほとんどである。アフリカ大陸を人の横顔に見立てると、そのアゴのちょっと上のあたりの内陸国だ。
 毎年日本財団が主催するアフリカ調査団は、今年まずブルキナファソのボボ・ディラッソという第2の町に入った。町とは言っても町中にエレベーターのある建物はいくつあるだろう。私たちの泊ったホテルも、3階まで階段しかない。私は若い人々に「いい運動になる」と同情を見せなかったが、この土地で働いておられる日本人修道女たちへの支援物資を3階まで運び上げるのは楽ではない。こういう旅は安く上げるために添乗員などつけないし、ポーターも頼まないから、成田を出るなり、マスコミ人も霞ヶ関の官庁の若手も、皆が助け合って物資運搬人になる。
 最低の宿に泊めたつもりもないのだが、そこはマラリア地帯だから、我々はホテルの部屋で一晩中蚊取り線香を焚いている。戸の立てつけは悪く、編戸は破れているから、そうして身を守るほかはない。旅行に先立って、マラリアの予防薬をあらかじめ飲むか、飲まずに済ますか、ご自分でお決め下さい、と言ってある。予防薬は誰もが言うことだが、かなり強い。肝臓の負担になる。自己責任を要求するのは悪い、という言葉がイラクの人質事件の時にさんざん出たが、どちらを取るか自分で選ぶしか最善の方法はないのだ。
 モスク(イスラムの礼拝所)で新聞記者の1人が南京虫にかまれた。アッというほど痛くて、すぐつぶしたそうだが、あとに咬まれた口が2つ残ったらしい。それはつまりモスクにやって来る信者たちの生活が南京虫と同居だということだ。私は何度もアフリカや中近東に行っているのに、家ダニとノミにはさんざんやられたが、南京虫の体験はない。
 夜通し部屋に電気をつけておくと、壁の間にいる南京虫は出て来ない、と聞いたのと、ホテルの従業員と通じて枕探しをやる泥棒が夜中に部屋に灯がついていると気持ち悪くて入らないのと、2つの理由から、灯をつけて寝る習慣があるからかも知れない。私は学問的知識はあまりつかないが、こうした雑学に通じることが大好きなのだ。
 イラクの戦争以来、私たちはイスラムの男たちがきっちりと並んでお尻をぴょんと上げてメッカに向って礼拝をする姿を何度もテレビで見た。もちろんあの中には、高価な車に乗り、何千頭もの羊の所有者で豪邸に住み、4人の妻を持つ金持ちもいるだろう。しかし産油国でなければ普通のイスラム教徒たちは、南京虫のいる素朴な家で暮らしているということだ。
 シスターのところで働いている1人の小父さんと17歳の少年は、月給らしいものをもらっていない。家族を連れて働きに来て、昼は食べさせてもらい、夜の食事の分は現物でもらって帰るというのがごく普通、というより、この辺ではややいい労働条件らしい。小父さんと少年はつきに僅かな小遣いをもらう、と言って、私たちが渡した心ばかりのチップもシスターに返していた。つまりこの辺の労働は今でもこの程度の原始的な形である。
 ブルキナファソから南半球の南アのヨハネスブルグに入ると、ここはアメリカ式のハイウェイが走り、豪華なショッピング・モールもある。私たちもそれらの設備と空中の連絡通路で結ばれたぜいたくなホテルに入る。

 ほんとうは、中の下くらいのホテル生活をさせたい。しかし危険でそれはできない。ショッピング・モールでは強盗事件が起ると、すべての入り口を遮断してしまうから、泥棒はすべて掴るので犯罪が極めて少い。中には映画館、銀行、レストラン、電気屋、すべてある。危険な外に出ずに、生活ができるようになっている。
 初めて来た人は、繁栄のかげにかくれた危険性を、どうしても信じられない。数人で歩けば大丈夫でしょう、などと言う。
 しかし日没頃になると、車の往来はどんどん減って来る。中心部を歩いている女性も足早になる。別に戒厳令は出ていないのだが、事実上は戒厳令に近い空気が町中を漂う。
 ここの犯罪は、こそ泥の範囲ではない。襲って盗って逃げるのではなく、とどめを刺す場合も多い。年間約2万人が殺されて死ぬ。
 私は経済学者でないので、これだけ金やダイヤモンドに始る地下資源に恵まれた国が、どうして働き手に職を与えられないのか実はどんなに説明されてもわからない部分がある。スクワッター・キャンプと呼ばれる貧民窟は、私たちのいる「商業城塞」のすぐ足許に拡っている。
 もちろん、南アのブラックのすべてが貧しいわけではない。あらゆる分野で成功者は出る。すると同じブラックとして嫉妬がそれを許さない。だから白人や観光客を襲うだけでなく、同じブラックの中の羽ぶりのいいのを組織的に狙う。そんな社会だから、資本もどんどん国外に流出する。
 自動車の後の方で、ドンと音がしたので、石でも落ちて来たのかと思って車を停めて見に出ると、そこで襲われる人がいるので、今では何が起ろうと車から出ないで走り去るのが常識だという。
 前からここでは、日本で見られない残忍な殺し方があった。喉にガソリンを流し込んで火をつける。胴体に古タイヤを巻きつけて焼き殺す。日本にも小学生児童を、何の理由もなく殺傷する男がいるのだから、日本人こそ残酷だという人もいるだろうが、豪邸や近代的ビルの建ち並ぶ近代都市が夜と共に人通りも絶えるなどということは日本人には想像ができないだろう。しかし少し気を許せば、あっという間にこういう事態になることはまちがいない。日本も気を許さないことだ。
 いつも言うことだが、世界を覆っている最大の問題は貧困である。テロも犯罪も貧困の解消なくしては解決しない。武力でテロをなくすなどと言っているブッシュのような人を大統領に持つアメリカの運命も危い。
 しかし貧困をなくすことほどむずかしいことはない。日本の進歩的ヒューマニストたちは、植民地時代の、主に白人の圧政によって、アフリカは貧しくなった、という。
 しかしそんな単純なものでもない。独立以来半世紀前後の時間がすぎれば、その国家の現状の責任のほとんどは、その国民のものだ。1945年に敗戦を体験した日本も、1964年のオリンピックまではまだ貧しかった。1964年に日本中で高速道路はまだ東京で2キロしかなかった。今は海岸の砂浜の手前まで舗装されている。
 独立という偉業を果した諸国の悲惨な現状を、ジャーナリストたちは冷めた眼で改めて報道してほしい。
そして独立さえすれば人々の幸福が完成されるような書き方をした人々の説も改めて検証してほしいのである。
 



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