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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ロープとアメスコ  
コラム名: 透明な歳月の光 126  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/09/17  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ■シスターたちへの贈り物
 先日、チャドという中央アフリカの小さな国の奥地で働いておられる日本人のシスターが休暇で日本に帰られて、私の家に立ち寄ってくださった。私は彼女たちの活動の拠点を今まで2度も訪問している。
 1度は、今私が働いている日本財団の若い職員、中央官庁の公務員たち、マスコミ関係者たちといっしょだった。奥地まで信じられないような悪路は時速20キロくらいしか出せなかったような気がする。帰りに私は半分おアイソで「他に何か要るものはありませんか?」とシスターたちに尋ねた。私たちはすでに使いかけのティッシュから靴下、風邪薬から梅干しまで、全部置いてきたのだが、さらに聞いたのである。
 私は同じような無責任なことを言う癖があって、昔南米で同じ言葉を口にした時に「それならソノさんのはいてる運動靴おいてって!」と言われたことがある。シスターの靴は実際、半分破れていた。しかし私は卑怯にも「これをあげたら大変だ」と言い捨てて逃げだした。私は代わりの靴を持っていなかったからである。
 それにもこりず、私はチャドを発つ時、再び「何か要るものは?」と言ったのである。すると今度は「財団が持って来ているワイヤー・ロープとアメスコ(短い折り畳み式のスコップでアメリカンスコップと日本では言う)!」という答えが返って来た。
 何とよく見ていることだ!と私は思った。ワイヤー・ロープは当時5万円以上したのである。しかし必ず悪路を走ることになるアフリカでは、牽引(けんいん)用のロープは泥濘(ぬかるみ)に嵌(は)まった時の必需品だった。私は「見つかったのが運の尽きだ」という思いで、ロープとスコップを置いて来た。
 あれから何年たったのだろう。思いがけなく私は「あの時いただいたワイヤー・ロープは本当にお宝になっています」と礼を言われた。近隣であれほどの頑丈なロープを持っている人はないのだという。
 「アメスコも便利にしてます。あれはすばらしいものですね」
 「どんなふうに?」
 「泥道でスタックした時、近くの木の枝を切って、それをタイヤの下に敷いて出るんです。その時、アメスコは枝を切ることができるような刃になっているんです」
 私はそんな機能があるとは全く知らなかったのである。
 今年も私たちは同じような調査の旅に出る。5万円以上したワイヤー・ロープは材質も変わって今度は1万6千円ほどで同じくらいの強度のものが買えるようになった。アフリカ旅行には今でもこの2つは必ず携行する慣習ができている。そして最後の訪問国で働くシスターたちへの実質的な贈り物になるのである。
 



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